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交通事故の注目の裁判例

2020/03/04 更新

自動車を盗まれた後その自動車が交通事故を起こした事案において、盗まれた者の賠償責任の有無が争われた裁判の判決

最判 令和2年1月21日判決

自保ジャーナル2056号

自動車を盗まれた者の賠償責任

令和2年1月21日、自動車を盗まれた後その自動車が交通事故を起こした事案において、盗まれた者の賠償責任の有無が争われた裁判の判決が最高裁判所で出ましたのでご紹介いたします。

事案

  1. A会社は、A会社所有の本件自動車を、普段、A所有の本件駐車場に駐車していた。
    本件駐車場の一部は、公道に面しており、公道との間には塀や柵などの仕切りはなく、
    公道から侵入しようと思えば簡単に侵入することが可能な状態であった。
  2. A会社の従業員Bは、本件自動車を本件駐車場に駐車する際、そのエンジンキーを、A会社の「ドアを施錠し、エンジンキーを建物内の所定のフックにかけて保管しなければならない。」という本件内規に違反して、エンジンキーを本件自動車の運転席上部の日よけに挟んで、ドアを施錠しないまま駐車した。
  3. Cは、本件駐車場に侵入して本件自動車内のエンジンキーを見つけ、本件自動車を盗んで運転を開始した。
  4. 3の約5時間後、Cの居眠り運転等の大きな過失が原因で本件交通事故が起き、D所有の自動車が損傷した。
  5. そこで、Dは、自動車の損傷の賠償を求めて、A会社に対して損害賠償請求をした。

争点

A会社の損害賠償責任の有無

  1. 本件自動車の管理上の過失の有無
  2. 自動車の管理に過失があったとして、そのことと本件交通事故との間の相当因果関係の有無

裁判所の判断

結論:A会社には、本件自動車の管理上の過失はない。

  1. A会社は、本件内規で本件自動車のエンジンキーの保管方法を定めていたから、本件自動車が盗まれることを防ぐための措置を講じていたといえる。
  2. 実は、Bはこれ以前にも何度かドアを施錠せずに日よけにエンジンキーをはさむということをしていたのであるが、A会社はこのことを把握していなかった。

弁護士のコメント

盗まれた自動車が事故を起こしたときの自動車の所有者・管理者の損害賠償責任が争われた事例は、いくつかあります。

典型的には、保有者が路上にエンジンをかけたまま長時間放置された自動車が盗まれて事故に至ったというとき、保有者はその自動車が第三者によって運転されるのを容認したものと同視できるとして、保有者の責任が認められることがあります。
(厳密には賠償責任の法的根拠はいくつかありますが、この原稿ではその点は触れません。)
(最判昭和57年4月2日交民集15巻2号295頁。ただしこの事案では、保有者に責任が認められる可能性を指摘しつつ、別の理由でこの事案では保有者の賠償責任はないと判断しました。)

本件のように駐車場内に駐車してある自動車が盗まれ、盗んだ者が交通事故を起こしたときの保有者の賠償責任が問題となったケースとして、最判昭和48年12月20日民集27巻11号1611頁というものがありました。最高裁判所は、結論的には保有者に賠償責任はないと判断しましたが、その理由として、次のとおり述べていました。

「自動車の所有者が駐車場に自動車を駐車させる場合、右駐車場が、客観的に第三者の自由な立入を禁止する構造、管理状況にあると認めうるときには、たとえ当該自動車にエンジンキーを差し込んだままの状態で駐車させても、このことのために、通常、右自動車が第三者によって窃取され、かつ、この第三者によって交通事故が惹起されるものとはいえないから、自動車にエンジンキーを差し込んだまま駐車させたことと当該自動車を窃取した第三者が惹起した交通事故による損害との間には、相当因果関係があると認めることはできない。」

この昭和48年最高裁判例からすると、公道に面しており、公道との間に塀や柵などで仕切られていない本件駐車場から自動車が盗まれた本件の事案では保有者に賠償責任が認められる余地があるようにも思われます。このことが争われ,今回の最高裁判所の判決に至ったという次第です。

結論としては、前記のとおり、A会社に賠償責任はないとしました。

従業員Bの賠償責任・A会社の使用者責任

注意しなければならないのは、今回の最高裁判決は、従業員Bの賠償責任や、従業員Bの過失を原因とするA会社の使用者責任についてそもそも判断していないということです。実際、この判決は「(A会社には)民法715条1項に基づく損害賠償責任がある旨主張するところ、これは請求の原因を追加するものとして訴えの変更に当たり、当審におけるこのような訴えの変更は不適法であるから、その変更を許さない。」としており、使用者責任については判断していない旨を明確に述べました。あくまでA会社自身の管理上の過失の有無だけが判断されたのであって、従業員Bの過失を原因とするA会社の使用者責任や、ある個人の保有者が同じような場所で同じような駐車の仕方をしたときには、賠償責任の有無について別の判断がなされる可能性があります。また、会社の代表者が同じような場所で同じような駐車の仕方をしたときの会社の賠償責任についても同様です。言い換えれば、今回の判決の射程が及ばないということです。

林裁判官の補足意見

林裁判官は、補足意見で、前記昭和48年判例について、次のとおり述べました。
「同判例は、当該事案の下で、駐車場が『客観的に第三者の自由な立入を禁止する構造、管理状況』にあることを重視して自動車所有者の不法行為責任を否定したものであることは明らかであるが、駐車場が『客観的に第三者の自由な立入を禁止する構造、管理状況』にない場合に、直ちに不法行為責任を肯定すべきとする趣旨のものでないことも、また明らかである。」

そのうえで、
「発生した交通事故が自動車所有者の保管上の過失によるものであるか否かの判断に当たっては、個別の事情を踏まえつつ、駐車場所や、エンジンキーの置き場所を含めた駐車方法等の諸事情に照らして、自動車所有者が第三者による運転を容認したといわれても仕方ないと評価し得ることなどから、事故の発生についても予見可能性があったといえるような場合であるか否かとの観点から、総合的に検討すべきである。」
といくつかの考慮要素を挙げました。

判断が分かれた

この最高裁判決は、A会社の賠償責任を否定しましたが、その第一審・控訴審は、それぞれ異なる判断をしました。

  • 第一審判決:A会社の管理上の過失はあるものの、相当因果関係がない→賠償責任はない。
  • 控訴審判決:A会社の管理上の過失はあり、相当因果関係もある→賠償責任がある。
  • 最高裁判決:A会社の管理上の過失はない→賠償責任はない。

保管上の注意

自動車が盗まれ、盗んだ者が運転して交通事故が起きたときの保有者の賠償責任が認められるのは、それほど容易ではないことがこの最高裁判例で示されたように思います。
そうはいっても、ご自身が保有する自動車が盗まれて交通事故に至ったとすれば、賠償責任の帰趨はともかく、決して好ましいことではありません。
少なくとも、無関係な他人が自動車の開扉を試みることが可能なときに、ドアを施錠せず、かつ、エンジンキーが車内にある状態になさらないことを最低限心がけるのがよいように思います。

(文責:弁護士 佐藤寿康