会社に黙って車通勤中の事故
最終更新日:2025年10月20日

- 監修者
- よつば総合法律事務所
弁護士 粟津 正博
- Q会社に黙って車通勤中に事故にあいました。労災は使えますか?
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条件を満たせば、労災保険(通勤災害)の対象になる可能性があります。
労働者災害補償保険法では、通勤災害とは「就業に関し、住居と就業場所との間を合理的な経路および方法で往復する途中で発生した負傷」などと定義されています。
したがって、会社の許可がない車通勤であっても、事故が「合理的な経路・方法」による通勤中に発生したものであれば、原則として労災の対象に含まれます。
ただし、会社に届け出た交通手段と異なる方法で通勤していた場合、労働基準監督署はその経路や方法が合理的かどうかを詳細に確認します。無断での車通勤が「合理的な方法」と判断されない場合や、寄り道・私用のための逸脱・中断があった場合は、労災の対象外とされる可能性があります。

目次

労災保険とは
労災保険は、仕事中や通勤中にけがや病気、事故にあったときに、国から補償を受けられる制度です。正式名称は「労働者災害補償保険」で、一般的には「労災保険」と呼ばれています。
この制度は、働く人やその家族の生活を支えることを目的としています。たとえば、治療費の補償、休業中の収入補填、後遺障害が残ったときの給付などがあり、安心して治療に専念し、病気やけがを治して働き続けるための支えになります。
労災保険の対象になるのは、雇用契約を結び、賃金を受け取っているすべての人です。正社員だけでなく、パートやアルバイト、契約社員なども含まれています。
保険料はすべて事業主が負担する仕組みで、労働者が自分で支払う必要はありません。
通勤災害とは
通勤災害とは、通勤中に起こったけがや病気などを指します。労働者が就業のために自宅と会社の間を移動している最中に事故などが発生した場合、それが通勤災害と認められれば、労災保険の対象になります。
ここでいう「通勤」は、会社から決められた出勤場所への移動だけではありません。たとえば、次のような移動も「通勤」として認められることがあります。
- 自宅と会社の間の通常の通勤経路
- 会社から別の勤務地へ直行・直帰する場合
- 転勤などで仮住まいから自宅へ移動する場合(住居間の移動)
ただし、どのような移動でも認められるわけではありません。次に挙げる2つの条件を満たしていることが重要です。
- 合理的な経路と方法であること
- 通勤の途中に逸脱や中断がないこと
それぞれ、詳しく見ていきましょう。
① 合理的な経路と方法であること
「合理的な経路」とは、通勤にあたって一般に労働者が利用すると認められる経路のことです。鉄道やバスなどの公共交通機関、自動車、自転車、徒歩などが該当します。普段使っていない手段であっても、正当な理由があれば合理的な方法と認められます。
また、当日の交通事情によってやむを得ず迂回した場合や、自動車通勤で駐車場を経由する場合なども、合理的な経路に含まれます。
合理的とされる例
次のような例は、合理的な経路とされる可能性が高いでしょう。
- 通勤定期券購入のために最寄駅から少し外れた窓口に立ち寄る
- 道路工事で通常ルートが通行不可のため、やむを得ず迂回する
- 小さい子どもの預け先(親族または保育園)に立ち寄る必要がある
- 通常の交通手段が使えず、会社の了承を得て自転車で通勤した
合理的とされない可能性がある例
反対に、合理的な理由がないまま著しく遠回りするルートは、合理的な経路とはみなされない可能性があります。
- 渋滞回避のため必要以上に遠回りする
- 公共交通なら30分で到着するところを、特に理由もなく3時間以上かけて徒歩で通勤している
- 通勤と関係のない私的目的のために、無関係な場所へ大幅に迂回する
- 安全かつ効率的な別ルートがあるにもかかわらず、それを避けて危険な道を選んだ
② 移動の逸脱や中断がないこと
「逸脱」とは、通勤途中に就業や通勤と関係のない目的で合理的な経路から外れることです。「中断」とは、通勤経路上で通勤と関係のない行為を行うことをいいます。原則として、逸脱や中断があると、その後の移動は労災保険の保護対象となる通勤とみなされません。
たとえば、次のような場合は逸脱・中断にあたり、労災保険の適用外となる可能性が高いでしょう。
- 映画館に立ち寄って映画を観る
- パチンコ店や雀荘に寄る
- 居酒屋で長時間過ごしたり飲酒したりする
- 同僚とカフェで長話をする
車通勤の事前申請や許可がなくても労災申請は可能
会社に車通勤の申請をしていなくても、事故時の移動が「合理的な経路・方法」であれば、通勤災害として労災の適用が認められることが多くあります。労災の「通勤」は、就業に関する自宅と職場などの往復を合理的な経路および方法で行う移動と定義され、事前の社内許可の有無は要件ではありません。
そのため、たとえ会社に自動車通勤の申請をしていなかったとしても、移動経路や手段が合理的であれば、原則として労災申請は可能です。
たとえば、会社には電車通勤と申告していても、実際は自宅から職場まで車で通っており、その途中で事故にあった場合でも、経路が著しく遠回りであったり、通勤とは無関係な目的地を経由していない限り、通勤災害として認められる可能性があります。
会社に問題視される可能性
労災認定の可否と、会社による評価・処分は別の問題です。会社の就業規則や申告義務に違反している場合には、労災が認められても社内で問題視される可能性があります。
① 懲戒処分の可能性
会社の就業規則で通勤方法の申告義務が定められている場合、申告と異なる手段で通勤していた事実が判明すると、懲戒処分の対象になることがあります。特に、通勤手当の不正受給や虚偽の申告など、会社との信頼関係を損なう行為があった場合は、処分が重くなる傾向があります。
懲戒処分の有効性は、就業規則に根拠があるかどうかや処分の重さが事案に照らして相当かどうかだけで判断されるわけではありません。行為の悪質性、会社に与えた影響、不正の金額や期間、本人の反省や改善の意思、過去の勤務態度など、総合的な事情が考慮されます。
その結果、戒告や減給といった軽い処分で済む場合もあれば、出勤停止や懲戒解雇といった重い処分に至ることもありえます。
② 通勤手当が不正受給だった場合には返還を求められる可能性
電車通勤と申告して通勤手当を受け取っていたにもかかわらず、実際には車通勤を続けていた場合、交通費の不正受給と判断される可能性があります。この場合、会社から不当利得返還請求(法律上の原因なく得た利益を返すよう求めること)を受けることがあります。
返還は一括で求められる場合もありますが、まとまった金額をすぐに支払うことが難しい場合は、会社と相談し、毎月の給与から分割で控除する方法がとられることもあります。
ただし、賃金控除には本人の同意や労使協定(労働者と会社の間で結ばれる書面での取り決め)が必要ですので、生活への影響を考慮してもらえる可能性もあります。
③ 高額・長期の不正受給は詐欺罪の可能性
単なる申告漏れや手続きの失念で、すぐに詐欺罪が成立するわけではありません。
しかし、会社をだまして不正に利益を得ようという意思をもって、長期間にわたり高額な通勤手当を受け取り続けたような悪質な場合には、詐欺罪に問われる可能性があります。
特に、通勤経路や住所を事実と異なる内容で積極的に届け出て通勤手当を受給していた場合は、詐欺罪が成立すると判断される可能性が高まります。これに対し、申告漏れや単なる誤りのように、だます意思が認められない場合は、原則として詐欺罪は成立しません。
会社が不正受給を把握すると、まずは事実確認と返還請求が行われます。ここで返金に応じない場合や、不正受給額が高額で悪質性が高い場合には、次の段階として刑事告訴(警察などの捜査機関に犯罪の事実を申告し、犯人の処罰を求めること)が検討されます。刑事告訴が受理されると警察や検察の捜査が始まり、場合によっては逮捕・起訴され、罰金刑や懲役刑が科される可能性があります。
こうした刑事手続は本人だけでなく家族や職場環境にも大きな影響を及ぼすため、企業側も慎重に判断を行いますが、悪質なケースでは実際に告訴に踏み切ることもあります。
よくあるご質問
ここでは、無断で車通勤をしていた場合に関して、特に多く寄せられるご質問にお答えします。事故時の会社への報告義務や懲戒処分の可能性、労災や保険の取り扱いなど、誤解や不安を抱きやすいポイントを整理しましたので、判断や対応の参考にしてください。
会社に知られずに労災申請はできますか?
会社に知られずに労災申請を行うことは、実務上ほぼ不可能です。労災保険の給付請求書には原則として「事業主証明欄」があり、事業主(会社)が記入する仕組みになっています。
もし会社の協力が得られず事業主証明がもらえない場合でも、本人が請求書を作成し、会社の管轄労働基準監督署に提出することは可能です。その際、事業主証明が得られない旨を伝えれば、労基署は「証明拒否理由書」を会社へ送付し、拒否理由の記載を求めます。
つまり、事業主証明なしで申請しても、その時点で労基署から会社に照会が行われるため、申請の事実は必ず会社に知られることになります。その後、労基署は会社や本人、医療機関などから事情を聴取して業務や通勤との因果関係を調査し、認定されれば労災保険の給付が行われます。
結論として、事業主証明を経ずに申請を進められるケースはあっても、会社に全く知られずに労災申請を完了させることはできません。
会社に事故はばれますか?
会社に隠して車通勤をしていた場合に、通勤中に事故を起こせば、その事実が会社に知られる可能性は高いです。
まず、通勤中の事故は条件を満たせば労災保険の対象となりますが、労災を申請する際には事業主証明が必要です。仮に会社が証明を拒否しても、労働基準監督署から会社宛に「証明拒否理由書」が送付され、結果的に事故の事実や通勤手段が判明します。
また、任意保険や自賠責保険を利用する場合、保険会社が事故状況の確認のために勤務先へ照会することもありえます。特に通勤災害の可能性がある場合は確認が行われるケースが考えられます。
さらに、事故による遅刻・欠勤の理由説明、示談交渉で勤務実態が話題になるなど、事故処理の過程で間接的に発覚することもあります。
会社に黙って車通勤していたことが発覚した場合、解雇されますか?
会社に無断で車通勤をしていたことが発覚した場合、それだけで直ちに解雇になるわけではありません。
解雇が有効とされるには、就業規則や雇用契約に明確な禁止規定があり、その違反が会社の秩序や業務運営に重大な影響を及ぼすなど、客観的に合理的かつ社会通念上相当と認められる理由が必要です。
多くの場合、単なるルール違反であって事故や業務への支障がない場合は、まずは口頭注意や始末書の提出、戒告といった軽い懲戒処分にとどまります。ただし、虚偽の申告による通勤手当の不正受給や、重大な安全規則違反が伴う場合は、より重い処分、場合によっては懲戒解雇が検討されることもあります。
会社に事故を伝えるか悩んでいます。どうすればよいですか?
無断で車通勤をしていた状態で事故にあった場合、事情が複雑化しやすく、報告の仕方によっては懲戒処分や通勤手当の返還請求などのリスクがあります。事故の報告義務や、報告を怠った場合の扱いは会社ごとの就業規則やこれまでの運用状況によっても異なり、同じ事案でも結果が大きく変わることがあります。
また、報告によって懲戒処分や損害賠償請求といった不利益を受けるおそれがある一方で、報告しないままでは労災保険の申請や保険金の受け取りに支障が出るケースも少なくありません。このように、どちらの判断にもリスクが伴うため、一般論だけで自己判断するのは危険です。
そのため、まずは就業規則や労働契約の内容、事故の状況を整理し、早めに弁護士に相談することをおすすめします。弁護士に相談すれば、報告の必要性や最適なタイミング、会社への伝え方、将来の不利益を回避するための方法など、個別事情に即した具体的なアドバイスを受けられます。
加害者の任意保険会社が治療費を支払うと言っています。労災申請は不要ですか?
労災申請は義務ではありません。ただし、労災申請をすると賠償額が多くなることがあるというメリットがあります。
労災保険と加害者任意保険では、賠償額のルールが異なっています。たとえば、過失があっても労災保険では減額はありませんが、加害者任意保険では過失割合に応じた減額があります。また、労災保険では、特別支給金などを加害者からの賠償金とは別に受け取ることができます。
そのため、労災申請をしたほうがよいかどうかは個別の状況によって判断が異なります。悩んだら、交通事故に詳しい弁護士への相談をおすすめします。
通勤災害です。健康保険は使えますか?
原則として、通勤災害の治療に健康保険は使えません。
しかし、事故直後などで労災の手続きが間に合わない場合には、一時的に健康保険を使って受診することもあります。
その場合、後からご加入の健康保険組合などに医療費を返還し、労災保険へ請求し直す手続きが必要になりますので、速やかに会社や弁護士に相談しましょう。
まとめ:悩んだらまずは弁護士に相談
会社に無断で車通勤をしていた場合の事故対応は、労災申請や保険利用、会社への報告義務、懲戒処分の可能性など、複数の法的・実務的な問題が絡み合います。状況によっては、報告の方法やタイミング次第でその後の処分や金銭的負担が大きく変わることもあります。
一見「小さな違反」に見えても、会社側からすれば安全管理や就業規律の問題として重大視されるケースも少なくありません。また、労災保険や任意保険の適用、通勤手当の返還請求などは、法的知識がなければ判断を誤るリスクがあります。
こうした中で最も安全な対応は、自己判断せず、早い段階で弁護士に相談することです。弁護士であれば、就業規則や契約内容、事故の状況を踏まえたうえで、会社への報告の要否や適切な伝え方、将来的な不利益を回避する方法について、あなたの立場を守るための具体的なアドバイスを提供してくれます。

- 監修者
- よつば総合法律事務所
弁護士 粟津 正博













