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労災が使える場合

- 雇用されて働いている方が、勤務中や通勤中に交通事故に遭って怪我をした場合、その治療には労災(保険)が使えます。
- ①被害者の場合、②加害者の場合、②自損事故の場合のいずれも労災は使えます。
- 「加害者の自賠責保険が使えるから、労災は使えない」というのは誤解です。会社の担当者や病院の窓口に「労災は使えない」と言われた方もいるかもしれません。しかし、加害者の自賠責保険が使える場合も労災は使えます。ただし、100%被害者のもらい事故の場合、加害者任意保険会社が損害全額を賠償します。そのため、わざわざ労災を使う必要性が低いということはあるかもしれません。
労災の補償額
労災の補償内容は、大きく分けると次の8つに分類されます。なお、通勤中の事故かどうかによって名称(「補償」という名称がつくかつかないか)が変わり、例えば、通勤中の事故の場合には「療養給付」、通勤中以外の場合には「療養補償給付」となります。
- ①療養(補償)給付
- ②休業(補償)給付
- ③障害(補償)給付
- ④遺族(補償)給付
- ⑤葬祭料・葬祭給付
- ⑥傷病(補償)給付
- ⑦介護(補償)給付
- ⑧二次健康診断等給付
具体的な内容は次の通りです。
①療養(補償)給付
病院での治療費等です。実費相当額が支払われます。
②休業(補償)給付
事故の影響で仕事ができず、もらえる給料が下がってしまった、あるいは有給休暇を使わざるを得なくなったなどの場合に受け取ることができます。
休業4日目から、休業1日につき給付基礎日額の60%に相当する金額を受け取ることができます。
この給付基礎日額は、事故発生の直近3ヶ月分の給料の合計額をその期間の歴日数で割った1日あたりの金額となります。
③障害(補償)給付
事故後一定期間通院治療を行った結果症状が残ってしまった場合に、労働基準監督署の認定した障害等級(自賠責における後遺障害の等級)に従い、給付基礎日額に応じた金額が支払われます。
④遺族(補償)給付
事故により死亡した場合、遺族の数や給付基礎日額に応じた金額が支払われます。
⑤葬祭料・葬祭給付
事故によって被災者が亡くなった場合、31,500円に給付基礎日額30日分を加算した金額か給付基礎日額60日分のどちらか金額が多い方を支給されます。
⑥傷病(補償)給付
事故に遭ってから1年6ヶ月が経過しても傷病が完治せず、傷病の程度が傷病等級に該当する場合には、その等級に従い、給付基礎日額に応じた金額が支給されます。
⑦介護(補償)給付
特定の障害等級・傷病等級が認定されて現に介護を受けている場合、介護にかかる費用が支給されます。
⑧二次健康診断等給付
直近の定期健康診断等の結果、脳・心臓疾患を発症する危険性が高いと判断された方々に対して、脳血管及び心臓の状態を把握するための二次健康診断及び脳・心臓疾患の予防を図るための医師等による特定保健指導の補償が行われます。
加害者の任意保険(自賠責保険)と労災との関係

- 交通事故の被害者は、①加害者側任意保険と②労災のどちらを使い通院するか自由に決められます。
- 加害者側任意保険も労災も、病院の治療費等の支払いをした場合、加害者が加入している自賠責保険に求償(請求)をします。①加害者側任意保険と②労災の両方を利用する事案もあります。その場合、①加害者側任意保険と②労災で自賠責保険への求償の調整を行います。
- また、自賠責保険には上限額(120万円)があります。労災を先行して利用している場合、自賠責保険の上限を超えた治療費がかかった時には、労災は加害者側任意保険に対して求償をします。
労災を先行して利用するメリット

①被害者側にも過失がある場合に有利というメリット
- 自分にも過失がある事故の場合、加害者保険会社に治療費を支払ってもらうより、労災を使って治療をした方が得です。
- 例えば、被害者にも30%の過失がある事故で、治療に100万円かかった場合、加害者の保険会社は100万円を病院に支払うことが多いです。しかし、示談の際には、「治療費100万円のうちの30%(30万円)は払い過ぎているから返してね」「だから慰謝料から30万円引いとくね」ということになります。治療費も過失相殺の対象になります。そのため、賠償の対象になる治療費は70万円なのに既に100万円払っているため、既払分の30万円は慰謝料等から引かれてしまいます。もらえる慰謝料額が30万円減ってしまうという結論になります。
- 一方で、治療に労災を使っていた場合、過失があったとしても治療費以外の慰謝料などが減らされることはありません。そのため、過失がある事故の場合、労災を使った方が得です。
②治療の打ち切りの心配が少ないというメリット
- 事故に遭った当初は、加害者任意保険会社が治療費を支払ってくれることが多いです。ただ、残念ながら、保険会社からの治療費の支払いはいつまでも続くわけではありません。事故の規模や怪我の程度によって異なりますが、例えば一般的なムチウチ症であれば、治療が3か月を超えてきた頃から保険会社から治療費の払い渋りをされることが多いです。まだ治療の途中だと言っても、保険会社は聞く耳を持たずに一方的に治療費の支払を打ち切ってくることも少なくありません。
- 一方、治療に労災を使っていれば、治療費を支払っているのは労災ですから、加害者の保険会社に治療費を打ち切られる心配はありません。加害者側の保険会社が何といおうと、労災から治療費の支払いを受けて、しっかり治療を続けることができます。しっかり怪我を治したいという場合、労災を使った方が安心でしょう。
なお、労災を使う場合であっても労基署からそろそろ治療を終了して欲しい旨の打診を受けることはあります。ただし、保険会社の対応と比較して医師や被害者の言い分を踏まえて慎重に治療費打ち切りの判断がされていることが多い印象です。
③休業特別支給金の支払いがあるというメリット
- 仕事を休んだ場合、休んだ日の給料は払われないのが基本です。ただ、労災を使った場合、休業4日目以降からは、給料の約6割が休業(補償)給付金として支払われます。ちなみに休業(補償)給付金で支払われない最初の3日間分や残りの4割分は加害者の保険会社に請求することが可能です。
- もっとも、労災に休業(補償)給付金を申請せずに、はじめから減収の10割を保険会社に請求することも可能です。
- 労災には、お給料の約2割分が追加で支払われる「休業特別支給金」の制度があります。10割分とは別に受け取ってよいお金ですので、休業特別支給金を申請すれば、給料の12割分を受け取れます。保険会社から休業損害の支払を受けた場合でも、労災への休業特別支給金の申請を忘れないようにしましょう。
④総額の治療費が少なくなりトラブルになりにくいというメリット
- 同様の治療内容の場合、健康保険の治療に比べて事故の治療は約2倍の費用がかかります。例えば、健康保険で10,000円(3割負担で窓口負担1,500円)の場合、交通事故の自賠責保険・任意保険では20,000円(実際の負担も20,000円)となります。
- 総額の治療費が増えれば増えるほど、治療期間の相当性や過失相殺などで治療費が争いになり、被害者の主張が通らなかった場合の被害者の負担額は増えます。しかし、労災保険の利用であれば健康保険ほどではありませんが単価もそれほど高くなく、また、過失相殺の問題もないため、治療費に関する問題が発生しにくいです。
労災を先行して利用するデメリット
①手続きが煩雑というデメリット
- 加害者がいる交通事故で労災を使う場合、「第三者行為の傷病届」という手続きが必要です。書類を作成したり、交通事故証明書を取ったりする必要があるので少し面倒です。
- 病院に通院・転院する場合、最初に労災申請の用紙を作成する必要があります。
②後になって治療期間に争いが出る可能性があるというデメリット
- 加害者任意保険会社と異なり、労災の場合は治療の打ち切りが行われる心配が少ないです。
- そのため、長期間治療をした後に加害者任意保険保険会社に慰謝料等を請求した場合、慰謝料の金額に争いが出るなど紛争化のリスクがあります。
③後遺障害の認定を争われることがあるというデメリット
- 労災の後遺障害認定と自賠責保険の後遺障害認定を比べると、労災保険の後遺障害認定の方が被害者に有利な結果となることが多いです。
- そのため、労災で認定された後遺障害等級をもとに加害者任意保険会社に請求をしたところ、等級の妥当性を争われるという紛争化のリスクがあります。
労災申請の手続き
- 労災が発生した場合、会社に報告します。
- そして、労災に対して請求書を提出します。請求書の提出は、会社を通じて行っても大丈夫です。
- 会社が労災の利用を拒否することがたまにあります。しかし、手続きは面倒ですが、被害者ご本人が労基署に書類を提出すれば労災を利用できます。
- 労基署が請求書を受け取ると、労基署において調査を行い、最終的に労災給付の有無を決定します。
加害者との示談の際の注意点
- 示談書を作成する場合、損害額や過失割合を明記する他、清算条項という条項を入れることが多いです。
- 清算条項は、その示談を成立させると、その後はお互いに何も請求できないことを確認する条項です。
- 清算条項を入れてしまうと、示談書作成後に追加で治療費や休業損害等の損害が発生しても請求できない可能性が極めて高くなりますので注意が必要です。
- 特に労災を利用している場合、具体的な事情によっては示談後に労災保険からの給付が受け取れない等の問題が発生する可能性がありますので、示談書の作成にはより注意が必要です。
交通事故と労災Q&A
- Q仕事中の交通事故です。労災は使えますか。
- A使えます。
【解説】
- 労災保険制度では、労働者が業務または通勤が原因で負傷した場合に、治療費の給付などが行われます。そして、業務中の事故のことを業務災害、通勤中の事故とのことを通勤災害といいます。
- 労災が使えるかどうかは、就業中の業務に起因する負傷であるかどうかにかかっています。そのため、就業中の業務を行っている際の交通事故であれば労災を使うことができます。
- Q通勤中の交通事故です。労災は使えますか。
- A使えます。
【解説】
- 通勤中の事故についても労災を使うことができます。なお、「通勤」とは、就業に関し、①住居と就業場所との間の往復、②単身赴任先住居と帰省先住居との間の移動、③就業場所から他の就業場所への移動を、合理的な経路及び方法で行うことをいい、業務の性質を有するものを除きます。
- 通勤の途中で寄り道をしたような場合には通勤災害に該当しなくなることもあります。
- Q交通事故で労災を先行して利用するメリットは何ですか。
- A被害者に過失がある場合等、最終的に受領できる金額が増える可能性があります。
【解説】
- 通常、交通事故の被害者が労災を先行して利用した場合、通院が終了したあとに加害者任意保険会社に慰謝料等の請求を行います。
- しかし、被害者に過失がある場合、通院中に加害者任意保険会社から支払われた治療費のうち被害者側の過失分については通院慰謝料等から引かれてしまいます。その結果、被害者が受け取ることができる金額が減ってしまいます。
- 一方、労災を利用した場合、労災から支払われた治療費のうち被害者側の過失分が慰謝料等から引かれません。そのため、労災を利用した場合、最終的に受領できる金額が増える可能性があります。
- Q交通事故で労災を先行して利用するデメリットは何ですか。
- A手続きが煩雑などのデメリットがあります。
【解説】
- 労災を利用して通院する場合、被害者が色々な手続きを行う必要があります。そのため、手続が煩雑であることがデメリットとして挙げられます。
- また、労災は通院や後遺障害の認定について被害者に比較的有利な判断をすることがあります。しかし、労災と加害者任意保険会社の判断と食い違った場合、後日紛争化することがあります。
- Q自賠責保険を先に使わなければいけないと言われました。本当ですか。
- A本当ではありません。
【解説】
- 交通事故の被害に遭われた方は、加害者側の保険(自賠責保険又は任意保険)と労災のどちらを使うかを自分で決められます。
- Q労災は使わない方がよいと言われました。本当ですか。
- A本当ではありません。
【解説】
- 労災で治療した場合、長期的な治療をすることができる可能性が高いです。
- 労災で治療した場合、自分にも過失がある事案では最終的に受領できる金額が増えるメリットもあります。
- そのため、労災を使わないほうがいということはあまりありません。
- Q会社が労災申請を拒否しています。どうすればよいですか。
- A被害者自身で管轄の労働基準監督署に労災保険の請求書等を提出して手続きをおこないましょう。
【解説】
- 労災を利用するために会社の同意は不要です。そのため、会社が労災の利用を拒否している場合、被害者自身で労災利用の手続きを行うこととなります。
- 具体的な申請手続については、労働基準監督署等に直接相談するのがよいでしょう。
- Q労災ではどのような補償がありますか。
- A労災では次のような補償があります。
- ①療養(補償)給付
- ②休業(補償)給付
- ③障害(補償)給付
- ④遺族(補償)給付
- ⑤葬祭料・葬祭給付
- ⑥傷病(補償)給付
- ⑦介護(補償)給付
- ⑧二次健康診断等給付
【解説】
簡単にご説明すると次の通りです- ①療養(補償)給付→通院にかかった治療費の補償
- ②休業(補償)給付→怪我等の影響で会社を休んだ、あるいは有給休暇を使ったことによる損害の補償
- ③障害(補償)給付→後遺障害が残ってしまった場合の補償
- ④遺族(補償)給付→被害者の方が亡くなった場合の遺族に対する補償
- ⑤葬祭料・葬祭給付→被害者が亡くなった場合の葬儀費用等の補償
- ⑥傷病(補償)給付→治療が継続している段階で後遺障害の状態が残っている場合の補償
- ⑦介護(補償)給付→介護費の補償
- ⑧二次健康診断等給付→直近の定期健康診断等の結果、脳・心臓疾患を発症する危険性が高いと判断された方々に対して、脳血管及び心臓の状態を把握するための二次健康診断及び脳・心臓疾患の予防を図るための医師等による特定保健指導の補償
- Q労災と自賠責保険では後遺障害の認定の基準に違いはありますか。
- A認定の基準自体は同じですが、実際に認定される等級は労災のほうが高く出ることが多いです。
【解説】
- 労災と自賠責保険で後遺障害の認定の基準自体は同じです。しかし、認定の前提となる事実について、労災のほうが自賠責保険よりも被害者に有利に判断されることが多いです。その結果、労災のほうが被害者にとって有利な判断がされることが多いです。
- なお、労災保険は被害者への補償のための制度のため、被害者側に比較的有利に判断する傾向が全体的にあります。
- Q労災と自賠責保険で後遺障害認定結果が異なる場合どうすればよいですか。
- A最終的には裁判で決着を付ける必要が出てきます。
【解説】
- 労災と自賠責保険で後遺障害の等級が異なる場合、加害者任意保険会社は自賠責保険の認定を採用して示談交渉を行うことが多いです。
- そのため、訴訟外で交渉を進めても決着がつかないことが多いため、最終的には裁判を行い、裁判所で決着をつけることが多いです。
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(解説 : 弁護士 松本 達也)