交通事故の労災申請を会社が拒否したり協力してくれない場合の対応
最終更新日:2025年12月17日

- 監修者
- よつば総合法律事務所
弁護士 粟津 正博
- Q交通事故の労災申請を会社が拒否したり協力してくれない場合、どうすればよいですか?
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まずは会社としっかり話し合い、労災を使いたいことをはっきりと伝えましょう。
交通事故でも労災は使えることを説明して、協力を正式に依頼しましょう。
「労災申請のために事業主証明が必要であること」「労災申請書には事業主が事故の発生状況などを証明する欄があること」を丁寧に伝えることで、誤解から協力を拒んでいるケースでは、対応が変わる可能性もあります。
それでも会社が応じてくれない場合は、労働基準監督署に相談し、必要に応じて弁護士のサポートを受けながら対応を進めることを検討しましょう。

目次

労災保険とは
労災保険(労働者災害補償保険)とは、労働者が仕事中または通勤中にけがをしたり、病気になったり、死亡したりした場合に、国が補償を行う制度です。会社が労働者を1人でも雇っていれば、原則としてすべての事業所に適用されます。
労災保険は、民間の保険とは異なり、労働者のために法律で義務付けられた「公的保険」です。そのため、会社の方針や経営判断に関係なく、要件を満たせば給付を受けることができます。
会社が労災申請を嫌がる理由
労災保険給付を受けることは労働者の正当な権利です。
しかし現実には、「労災扱いにしないでほしい」「加害者の任意保険で処理して」と言われてしまうケースが多く見られます。特に交通事故の場合、会社の理解が得られず、申請を断念してしまう方も少なくありません。
企業が労災申請を嫌がる背景には、次のような事情があると考えられます。
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保険料の上昇を懸念している
労災保険料は会社が全額負担しており、一定の業種では「メリット制」により、事故件数が多いと将来の保険料が上がる仕組みです。
そのため、保険料の上昇を懸念し、会社が申請を避けようとすることがあります。
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企業イメージへの影響を恐れている
労災の公表によって「安全管理が不十分な会社」と見られることを恐れ、申請に後ろ向きになる企業もあります。
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民事上の責任を問われるのを恐れている
労災が認定されると、後の損害賠償請求などで不利になると誤解している会社もあります。ただし実際には、交通事故では会社に責任がないことが通常で、労災保険の使用は会社の民事責任を直接問うものではありません。
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労基署の調査を避けたい
申請をきっかけとして労働基準監督署の調査が入ることを嫌がる企業もあります。特に労務管理が不十分な中小企業では、対応の手間を避けようとする傾向があります。
これらの理由はいずれも、本来の制度趣旨や法律に照らすと誤解に基づくものです。
労災申請は、企業を責めるためのものではなく、労働者の生活を守るための公的手続きであることを会社に正しく理解してもらう必要があります。
会社が拒否した場合の対応
会社から「労災申請には協力できない」と言われたとしても、補償を受ける道はきちんと用意されています。重要なのは、感情的にならず冷静に対応しながら、適切な手順を踏んで進めていくことです。
ここでは、会社が労災申請に協力してくれない場合の具体的な対応方法を3つのステップでご紹介します。
① 会社と交渉する
まずは会社に対して正式に協力を依頼しましょう。会社側も労災使用の相談をされただけで、はっきりと使用するとは言われていないと勘違いしていることがあります。また、交通事故では労災を使えないと誤解しているケースもあります。口頭だけでなく、メールや書面など記録が残る形で「労災申請に必要な事業主証明をお願いしたい」と伝えるのがポイントです。
このとき、次のような内容を簡潔に説明するとスムーズです。
- 労災保険は法律で定められた公的制度であること
- 会社には労働者の請求に基づき必要な証明(事故が業務中であったことなど)を行うことが求められていること
労災申請は「会社の責任を問うもの」ではなく、あくまで労働者の補償を目的とした行政手続きです。そのため、会社の制度への理解不足や誤解が原因で拒否されている場合は、冷静に説明すれば協力が得られる可能性があります。
② 労働基準監督署に相談する
会社との交渉がうまくいかない場合は、労働基準監督署に相談してください。監督署は、労災の認定や手続きの指導を行う公的機関で、労働者の立場に立って対応してくれます。
相談時には、次のような点を整理して伝えるとスムーズです。
- 事故が業務中または通勤中に発生したこと
- 会社が事業主証明に応じてくれないこと
- 労災申請をしたいが、手続きに困っていること
監督署では、事情を聞いたうえで、会社に対して事業主証明の趣旨を説明し、協力を促すよう助言を行う場合があります。また、被害者自身が単独で申請を進める方法について、必要な書類や流れを具体的な説明を受けることが可能です。
③ 被害者単独で申請する
会社の協力が得られない場合でも、最終的な手段として、労働者本人が単独で労災申請を行うことが可能です。
会社の証明がない代わりに、「事業主に証明を依頼したが、協力を得られなかったため、本人が直接申請します」といった文面を添えた申立書を提出すれば問題ありません。
監督署はこの申立書をもとに事情を把握し、会社に照会を行った上で、交通事故証明書や勤務記録などの客観的資料に基づいて判断を行います。
つまり、会社が事業主証明を拒否していても、申請が受理されないということはありません。実務上も、会社が非協力なケースでも労災申請が認定された前例は多数存在します。
会社が拒否した場合の手続きの流れ
ここでは、会社が労災申請を拒否した場合、労働者本人が手続きを進めるための方法を紹介します。
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医師に事故との因果関係を確認
最初に行うべきは、医師に事故とけがとの因果関係を確認することです。労災申請では、業務または通勤に起因して発生した負傷・疾病であることを証明する必要があります。
そのため、交通事故で受傷して休業補償給付を請求する場合には、請求書自体に病院の証明欄が必要です。
あわせて、事故が業務や通勤に関連していることを裏付ける資料も可能な限り集めておくことが重要です。たとえば、出勤簿やタイムカード、業務日誌といった勤務記録、事故直後のメモやLINE・メールのやり取り、同僚の証言、交通事故証明書などが有効な資料となります。
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労災申請書を作成する
次に、労災申請書を自分で作成します。給付の種類ごとに様式が異なるため、労働基準監督署の窓口や厚生労働省の公式サイトから該当する申請書を入手し、必要事項を記入してください。
会社が申請に協力してくれない場合、「事業主証明欄」は空欄のままで構いません。その際、「事業主に証明を依頼したが、協力を得られなかったため、本人が直接申請します」と記載しましょう。
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労働基準監督署へ直接申請する
診断書や各種資料をそろえたら、管轄の労働基準監督署へ提出します。申請先は、原則として、事故が発生した事業所の所在地を管轄する監督署です。提出方法は窓口持参のほか、郵送でも受け付けています。
提出時には、「会社が事業主証明を拒否している」旨を担当官に説明してください。監督署はその事情を考慮し、会社に対して「証明拒否理由書」の提出を求めることもあります。また、書類に不備があった場合には、担当官が補正方法を案内してくれるので安心です。
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証明拒否理由書のやり取り
事業主の証明がないまま提出された申請について、労働基準監督署は会社に対して「なぜ証明しないのか」という理由の提出を求めます。そのうえで、会社からの回答と労働者の申立内容を比較・検討し、労災に該当するかどうかを中立的に判断します。
重要なのは、「会社が証明しなかったから不認定」ではないという点です。むしろ、会社が非協力であるという事情そのものが、慎重な審査の対象となります。
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労働基準監督署の調査
申請が受理されると、労働基準監督署は実際の事故状況や勤務実態について調査を開始します。調査の内容は、労働者本人からの事情聴取、会社への照会や担当者へのヒアリング、必要に応じた現地調査などです。
会社が協力しない場合でも、監督署は独自の権限で調査を進め、総合的に判断を行います。
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労災として認定・給付決定
調査の結果、事故が業務または通勤に関連して発生したと認められた場合、労働基準監督署は「支給決定通知書」を発行し、治療費や休業補償などの給付が行われます。
もし不支給と判断された場合でも、審査請求、再審査請求、さらには行政訴訟という手続きを通じて異議を申し立てることが可能です。いずれの判断も、会社の主張ではなく、あくまで監督署や裁判所が客観的に行います。
よくあるご質問
ここでは、会社が労災申請に協力してくれない場合によく寄せられる質問にお答えします。
「証明がもらえないと申請できないのでは?」「会社と関係を悪化させたくない」そんな不安を抱える方も、制度の仕組みを理解すれば、落ち着いて対処できます。
会社の証明(事業主証明)がなくても労災申請は受理されますか?
労災申請は受理されます。
労災保険の申請は、労働者に認められた個人の権利であり、会社の協力がないことを理由に申請を受理されないということはありません。
また、会社をすでに退職している場合も同様に、本人申請が可能です。監督署は、提出された診断書や交通事故証明書などの客観的資料をもとに、労災に該当するかどうかを独自に判断します。
会社との関係悪化を避けたいです。労災申請以外の選択肢はありますか?
交通事故が第三者(加害者)によって引き起こされたものであれば、自賠責保険や任意保険を通じて損害賠償を受けることができます。治療費や休業損害について、加害者側の保険会社が対応してくれるケースも多く、会社との関係に波風を立てたくない場合には、こうした方法を選択する方もいらっしゃいます。
ただし、加害者側の保険による対応が不十分だったり、示談交渉が難航したりすることもあります。
また、被害者に過失がある場合には労災を使用したほうが有利な場合があります。さらに、労災には特別支給金という制度もあるため、慎重な判断が必要です。
どの制度を使うべきか、あるいは使わない方がよいのかは、事故状況や会社との関係性によって変わるため、まずは一度、交通事故と労災に詳しい弁護士にご相談いただくことをおすすめします。
まとめ:悩んだらまずは弁護士に相談
業務中や通勤中の交通事故でけがをしたにもかかわらず、会社が労災申請に協力してくれないといった状況は、身体的な負担に加え、精神的にも大きなストレスとなります。
しかし、労災保険の申請は労働者に認められた正当な権利です。会社の協力が得られない場合でも、ご自身で申請を進めることもできます。労働基準監督署や行政のサポートもありますし、実務上、会社が非協力的な中で申請が認められた事例も少なくありません。
とはいえ、会社との関係調整、書類作成、監督署とのやり取り、加害者側保険との示談交渉など、すべてを一人で行うのは容易ではありません。そうしたときこそ、交通事故に精通した弁護士の力を活用することをおすすめします。
「会社ともめたくない」「制度が複雑で不安」というお気持ちがある方こそ、一度弁護士にご相談ください。
よつば総合法律事務所では、交通事故に関するご相談を受け付けております。皆様が安心して治療に専念し、生活を立て直すための第一歩を、私たちが全力でサポートいたします。

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弁護士 粟津 正博













