労災保険の利用を会社に拒否された場合
最終更新日:2026年02月04日

- 監修者
- よつば総合法律事務所
弁護士 粟津 正博
- Q交通事故で労災保険の利用を会社に拒否されたときはどうすればよいですか?
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まずは、会社が拒否した理由を確認し、事業主証明への記載を依頼しましょう。それでも協力が得られないときは、労働基準監督署に相談すると、申請の進め方や必要書類について説明を受けられます。
労災の請求は労働者自身の権利であり、会社が証明欄に記入しなくても申請は可能です。
また、会社とのやり取りが負担に感じるときや、申請書の作成に不安があるときは、弁護士に相談することで、会社への説明の仕方や手続きの流れに加え、申請書類の作成や提出など、必要な手続の一部を代行してもらうこともできます。

目次

交通事故で労災保険が使える場合
業務の遂行中や、通勤の途中で発生した交通事故は、労働災害(労災)として労災保険の給付対象となることがあります。
「その事故が業務に起因すること」、または「合理的な経路・方法による通勤中に発生したこと」が、労働基準監督署によって認められれば、給付を受けることができます。
労働災害の申請に会社の同意は不要
労災保険を申請するには、会社の同意や承諾を得る必要は一切ありません。労災保険給付を請求するかどうかは、被災した労働者自身が決めることであり、会社が申請を妨げることは許されません。
労働者は、会社が非協力的であっても、自分自身の判断で手続きを開始し、進めることができます。
会社が労災を嫌がる理由
労災保険給付を受けることは労働者の正当な権利です。
しかし、現実には「労災扱いにしないでほしい」「加害者の任意保険で処理して」と言われてしまうケースもあります。特に交通事故の場合、会社の理解が得られず、申請を断念してしまう方も少なくありません。
企業が労災申請を嫌がる背景には、次のような事情があると考えられます。
① 保険料の増額を避けたい
会社が労災申請を嫌がる理由の一つに、労災保険料の増額があります。
労災保険の保険料は、会社が負担することが義務付けられています。業種ごとに異なる保険料率が定められており、一部の会社には労働災害の発生状況に応じて保険料率が変動する「メリット制」という制度の適用があります。
メリット制とは、個々の会社の過去3年間の労働災害の発生率に応じて、労災保険料率を一定の範囲内で上下させる制度です。労災が多発すると保険料率が上がるため、会社が申請を嫌がる一因になっています。
メリット制が適用される会社は、次の2種類です。
- 連続する3保険年度中の各年度において、常時100人以上の労働者を使用する事業
- 連続する3保険年度中の各年度において、常時20人以上100人未満の労働者を使用しており、災害度係数が0.4以上の会社
ただし、メリット制は「業務災害」のみに適用され、「通勤災害」には適用されません。
交通事故は通常、通勤災害なので、この点を説明すれば協力を得られる可能性があります。
② 法的責任の追及への懸念
労災認定は、会社の過失とは無関係に、業務に起因する傷病であれば認められます。
しかし、労災が認定されると、それをきっかけに労働者や遺族から「安全配慮義務違反」を根拠とする損害賠償請求訴訟を起こされるのではないかと懸念する企業もあります。
実際には、労災認定と民事責任の判断は別物です。労災認定されても民事責任が認められない場合もあれば、その逆もあります。
通勤中の交通事故においては、一般的には会社に責任がないことが多いので、その点を説明して、会社に申請の協力を仰ぐのがよいでしょう。
③ 労働基準監督署による調査を避けたい
労災申請をきっかけに労働基準監督署の調査が入ることを嫌がる企業もあります。
労災が発生すると、原因究明のための「災害調査」のほか、法違反の有無を調べる「災害時監督」と呼ばれる立入検査が行われることがあります。
この調査の過程で、会社が労災課に提出した資料が監督課にも共有され、長時間労働や賃金未払いなど、申請内容とは別の法違反が発覚し、是正指導につながる可能性があります。これらの調査に対応するには多大な労力を要することも、会社が労災を避けたがる一因です。
特に労務管理が不十分な中小企業では、対応の手間を避けようとする傾向があります。
④ 企業イメージの低下
労働基準関係法令違反が明らかになった場合、厚生労働省のウェブサイトで企業名が公表されることもあり、企業の信頼性に大きな影響を与えかねません。
また、公共事業への入札資格に影響することを懸念して、労災の報告を嫌がる事業者もいます。
ただし、通勤中の交通事故のみで、会社に労働基準関係法令違反が認定されることは通常ありません。
⑤ 労災手続きの煩雑さ
労災が発生した場合、会社は労働基準監督署に対して「労働者死傷病報告」を提出する義務があります。
これには、事故の発生状況や原因、労働者の情報などを記載しなければなりません。そのためには、会社側が現場検証や関係者のヒアリングなどを行う必要があります。
さらには、交通事故のような第三者の行為による災害の場合、「第三者行為災害届」を提出しなければなりません。
こうした手続きの負担を避けるために労災申請に消極的になるケースもあります。
会社が協力してくれない場合の対応方法
会社が協力してくれない場合には、下記のようなアクションを試みましょう。
① 会社との交渉
まず、事業主証明欄への記載を拒否する理由を確認し、証明に応じるよう説得してみましょう。
会社が証明を拒む理由として、労災事故の事実関係について労働者と見解が異なるケースが考えられます。
しかし、労災申請書の事業主証明は、負傷や発病の年月日、災害の発生状況といった「事実」を証明するものであり、その災害が「業務上のものである」と法的に認めるものではありません。災害が労災にあたるかどうかを最終的に判断するのは労働基準監督署であり、会社ではありません。
法律上、事業主には労働者の労災申請手続きを助け、必要な証明に速やかに応じる義務があります。
労働者災害補償保険法施行規則23条では、次のように定められています。
- 労働者が自ら保険給付の請求を行うことが困難な場合、事業主は手続きを助けなければならない(1項)
- 労働者から労災申請に必要な証明を求められた場合、事業主は速やかに証明しなければならない(2項)
会社が死傷病報告を怠ったり、虚偽の報告をしたりすることは「労災隠し」として処罰の対象となりえる違法行為です。申請への協力を拒む姿勢は、こうした法令遵守(コンプライアンス)の観点からも問題視される可能性があります。
労災申請は「会社の責任を問うもの」ではなく、あくまで労働者の補償を目的とした行政手続きです。会社の制度への理解不足や誤解が原因で拒否されている場合は、冷静に説明すれば協力が得られる可能性があります。
② 労基署への相談
会社との交渉がうまくいかない場合は、労働基準監督署に相談することも検討しましょう。労基署は、労災の認定や手続きの指導を行う公的機関で、労働者の立場に立って対応してくれます。
相談時には、事故が業務中または通勤中に発生したこと、会社が事業主証明に応じてくれないことを具体的に説明しましょう。
監督署では、事情を聞いたうえで、会社に対して事業主証明の趣旨を説明し、協力を促すよう助言を行う場合があります。
また、会社が労災申請に非協力的で、「事業主証明」を拒否している場合でも、労災申請は可能です。労災保険の給付を請求する権利は被災した労働者本人にあり、会社の同意や承諾は必要ありません。
労基署に相談すれば、被害者自身が単独で申請を進める方法について、必要な書類や流れの具体的な説明を受けることが可能です。
③ 専門家への相談
会社との対立が深刻な場合や、ご自身での手続きに不安を感じる場合は、弁護士に相談することをおすすめします。
特に会社側が「労災ではない」と明確に主張しているような状況では、従業員と会社の双方が弁護士に依頼して法的に争うケースも少なくありません。弁護士は、個々の状況に応じた最適な解決策を提示し、あなたの権利を守るための強力な味方となります。
よくあるご質問
ここでは、交通事故で労災を利用する場合についてよくいただくご質問にお答えします。
労災保険と加害者の自賠責保険(任意保険)はどちらを優先するのがよいですか?
事故の状況、ご自身の過失の割合、けがの程度などによって異なります。一律に「こちらがよい」とは言えません。安易に判断せず、専門家である弁護士に相談することをおすすめします。
たとえば、労災保険が望ましいのは次のような場合です。
- 自らにある程度の過失がある
- 休業損害が発生している
- 会社の協力を得やすい
他方、自賠責保険(任意保険)が望ましいのは次のような場合です。
- 自らに過失がない
- 休業損害が発生していない
- 会社の協力を得にくい
労災申請に事業主の押印が必要です。拒否された場合どうすればいいですか?
会社の同意がなくても労災保険の申請は可能です。
労災申請書にある事業主の証明欄は、会社が協力的でない場合、空欄のままでも問題ありません。ただし、会社が協力を拒否した経緯を記載した報告書を提出するのが一般的です。
もし手続きに不安がある場合や会社とのやり取りでお困りの場合は、労基署や弁護士などの専門家へ相談することをおすすめします。
まとめ:悩んだらまずは弁護士に相談
交通事故でけがをしたときは、労災保険を利用することで治療費の心配をせずに治療に専念でき、休業中の生活も安定します。
申請に会社の協力が得られない場合でも、ご自身で申請を進めることもできます。労働基準監督署のサポートも受けられますし、実務上、会社が非協力的な状況でも申請が認められた事例も多数あります。
とはいえ、会社との関係調整、書類作成、労基署とのやり取り、加害者側保険との示談交渉など、すべてを一人で行うのは容易ではありません。そうしたときこそ、交通事故に精通した弁護士の力を活用することをおすすめします。
よつば総合法律事務所では、交通事故に関するご相談を随時受け付けております。皆様が安心して治療に専念し、生活を立て直すための第一歩を、私たちが全力でサポートいたします。

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弁護士 粟津 正博













