交通事故で健康保険を使って治療するメリットとデメリット
最終更新日:2026年01月28日

- 監修者
- よつば総合法律事務所
弁護士 粟津 正博
- Q交通事故で健康保険を使って治療するメリットとデメリットは何ですか?
-
交通事故で健康保険を使って治療するメリットとデメリットは、次のとおりです。
-
メリット
- 過失割合が高いときに有利になりやすい
- 相手が任意保険に未加入のときに有利になりやすい
-
デメリット
- 手続きが複雑になることがある
- 病院が消極的なことがある
-

目次

交通事故でも健康保険の利用は可能
交通事故によるけがの治療でも、原則として健康保険を利用できます。
利用を希望する場合は、ご自身が加入している健康保険組合や全国健康保険協会などに「第三者行為による傷病届」を提出する手続きが必要となります。国民健康保険に加入している場合は、市区町村の窓口に書類を提出します。
ただし、通勤中や業務中の事故で労災保険が適用される場合は、健康保険を使うことはできません。
健康保険を使うメリット
交通事故の治療で健康保険を利用すると、治療費の負担を軽減できる可能性があります。
特に次のようなケースで大きなメリットがあります。
過失割合が高いときに有利になりやすい
交通事故で被害者にも過失がある場合、健康保険を利用することで自己負担額を大幅に減らせる可能性があります。
過失相殺の基本的な仕組み
交通事故では、被害者にも過失がある場合「過失相殺」が適用されます。これは、被害者の過失割合に応じて加害者に請求できる金額が減額される仕組みです。
つまり、被害者の過失割合が高いほど、被害者自身が負担する金額が大きくなります。
健康保険を使うと自己負担額が減る理由
健康保険を使うと自己負担額が少なくなる理由は、次の2つの仕組みがあるためです。
- 自由診療:多くの場合1点あたり20円
- 健康保険:1点あたり10円
健康保険を使うと、計算された治療費のうち、窓口で支払うのは3割だけです。
この2つの仕組みにより、過失割合がある場合の自己負担額に大きな差が生まれます。
【具体例】健康保険を使う場合と使わない場合の比較
では、健康保険と自由診療では、具体的にどれほどの差が出るのでしょうか。具体例でみていきましょう。
-
前提条件
- 診療報酬:100点分の治療
- 被害者の過失割合:4割
-
健康保険を使う場合の被害者負担額
100点(診療報酬)×10円(点数単価)×30%(窓口負担割合)×40%(被害者の過失割合)=120円
-
健康保険を使わない場合の被害者負担額
100点(診療報酬)×20円(点数単価)×40%(被害者の過失割合)=800円
同じ治療内容でも、健康保険を利用することで負担額が約7分の1になりました。このことからわかるように、過失割合が高い事故ほど、健康保険を利用するメリットは大きくなります。
相手が任意保険に未加入のときに有利になりやすい
加害者が任意保険に加入しておらず、自賠責保険しか使えない場合にも、健康保険の利用は有効です。
自賠責保険は、傷害による損害(治療費、休業損害、慰謝料など)に対して、支払われる保険金の上限を120万円と定めています。
もし健康保険を使わずに自由診療で高額な治療を受けると、治療費だけでこの120万円の枠を使い切ってしまう可能性があります。
その場合、入通院慰謝料や休業損害などを自賠責保険から受け取れなくなり、加害者本人に直接請求しなければなりません。
しかし、加害者に支払い能力がない場合、事実上回収が困難になるリスクがあります。
健康保険を利用して治療費を抑えることで、自賠責保険の120万円の枠を温存し、治療費以外の慰謝料や休業損害の支払いに充てやすくなるというメリットがあります。
健康保険を使うデメリット
メリットがある一方で、健康保険の利用にはいくつかのデメリットも存在します。これらを理解した上で、利用するかどうかを判断することが重要です。
手続きが複雑になることがある
交通事故で健康保険を利用するためには、ご自身が加入している健康保険の保険者(全国健康保険協会や健康保険組合など。国民健康保険の場合は市区町村が窓口になります。)に次の書類などを提出しなければなりません。
- 第三者行為による傷病届
- 事故発生状況報告書
- 負傷原因報告書
- 交通事故証明書
- 念書(損害賠償金納付確約書)
- 同意書
- 示談書(示談が成立している場合のみ)
普段の通院では不要な手続きのため、煩雑に感じられるかもしれません。
病院が消極的なことがある
医療機関によっては、交通事故治療での健康保険の利用に消極的な場合があります。主な理由は次の2つです。
交通事故によるけがで健康保険を使った場合の診療報酬は1点10円で計算されますが、自由診療の場合は医療機関が単価を定められるため、一般的に健康保険診療よりも高くなる傾向があります。
医療機関にとっては、健康保険を使われると収入が減少することになります。
健康保険を使用すると、医療機関は健康保険の保険者に提出するための診療報酬明細書を作成しますが、これに加えて損害保険会社や自賠責保険が指定する書式(診断書、診療報酬明細書、後遺障害診断書など)を作成することを負担に感じることがあります。
健康保険を使う場合、自賠責の書式は作成できないという誤解もあります。
このように、医療機関側から見ると、健康保険を利用されると診療報酬は下がるにもかかわらず、交通事故特有の煩雑な書類作成の負担が残る状況となるため、消極的になることがあるのです。
健康保険を使ったほうがよい場合
では、具体的にどのようなケースで健康保険を使ったほうがよいのでしょうか。ここでは、代表的な事例をご紹介します。
自らに一定の過失がある
ご自身に一定の過失がある事故では、過失相殺によってご自身が治療費の一部を負担しなければなりません。健康保険を利用すれば、診療報酬の点数単価が抑えられることに加え、窓口負担が3割になるため、治療費の自己負担分を大幅に軽減できます。
加害者側が治療費を支払わない
加害者側の保険会社が治療費の支払いに応じない場合や、そもそも加害者に支払い能力がない場合、被害者は一時的に治療費を自己負担しなければなりません。
このような状況で健康保険を使えば、窓口での負担は原則3割で済むため、当座の経済的負担を大きく減らすことができます。
加害者側が支払っていた治療費が打ち切られた
医師が症状固定と判断しておらず、治療を継続しているにもかかわらず、加害者側から治療費を打ち切られることがあります。その場合、被害者が打ち切り後の医療費を立て替えなければなりません。
健康保険を適用すれば、窓口負担が3割で済むので、負担を抑えながら治療を継続することが可能となります。
なお、医師が症状固定と判断した後に治療を継続する場合も、健康保険を使用することが通常です。
加害者が無保険である
加害者が任意保険に加入していない「無保険」の場合、頼れるのは上限額120万円の自賠責保険と、加害者本人への直接請求が原則となります。
治療が長引けば、治療費だけで上限に達してしまうリスクがあるため、健康保険で治療費を圧縮し、慰謝料などのための枠を確保することが重要です。
加害者が不明である
ひき逃げなど、加害者が不明な場合には、健康保険を利用することをおすすめします。
この場合、被害者が治療費を一時的に全額負担しなければなりません。健康保険を使うことで、窓口負担を3割に抑えられます。
健康保険を使えない場合
交通事故によるけがの治療では、原則として健康保険を利用できますが、例外的に利用できないケースがあります。
労災保険が適用される事故
通勤中や業務中の交通事故によってけがをした場合は、「労災保険」が適用されます。労災保険の給付対象となる事故では、労災保険が優先されるため、原則として健康保険を使うことはできません。
被害者の故意による事故
健康保険法116条には、保険給付の制限に関する規定があります。これにより、「故意に給付事由を生じさせたとき」は、その負傷や疾病に関する保険給付は行われません。
これは、健康保険の給付が、本来、通常の日常生活を営む上で生じた負傷や疾病を対象としているためです。
法令違反の行為による事故
健康保険法116条では、「自己の故意の犯罪行為により」給付事由を生じさせた場合も、保険給付を行わないと定めています。
ただし、法令違反があったからといって、直ちに健康保険が使えなくなるわけではありません。保険給付が制限されるかどうかは、その犯罪行為と負傷との間に「相当因果関係」が認められるかによって判断されます。
相当因果関係とは、その行為から結果が発生することが社会通念上妥当だといえる関係のことです。最終的な判断は、保険者が事案ごとに個別に行います。
健康保険を使う手続きの流れと必要書類
交通事故によるけがの治療で健康保険を利用する場合、医療機関にその旨を伝えると同時に、ご自身が加入している健康保険の保険者(全国健康保険協会や健康保険組合など)に対して、所定の手続きを行う必要があります。
具体的な手続きの流れ
健康保険を使うための手続きは、次の流れで進めます。
-
医療機関への申し出
治療を受ける医療機関の窓口で健康保険証を提示し、交通事故の治療に健康保険を利用したい旨を伝えます。
健康保険の使用は患者(被害者)自身が決定でき、原則として健康保険指定医療機関はこれを拒否することはできません。
-
保険者への連絡と書類の提出
加入している健康保険の保険者(全国健康保険協会の都道府県支部または各健康保険組合)に連絡し、必要書類を速やかに提出します。
必要書類
保険者に提出する書類は、主に次のとおりです。
- 第三者行為による傷病届
- 事故発生状況報告書
- 負傷原因報告書
- 交通事故証明書
- 念書(損害賠償金納付確約書)
- 同意書
- 示談書(示談が成立している場合のみ)
第三者行為による傷病届
「第三者行為による傷病届」は、そのけがが第三者(加害者)の行為によって生じたものであることを報告する書面です。この届出は、保険者が負担した交通事故の治療費を加害者に求償するために必要となります。
交通事故の治療費は、本来であれば加害者が負担すべきものです。しかし、被害者が健康保険を使った場合、保険者(全国健康保険協会や健康保険組合など)が治療費を一時的に立て替える形になります。
そのため、健康保険法に基づき、保険者が後日この立て替え分を加害者に請求する権利を持つことになるのです。
「第三者行為による傷病届」は、この求償手続きを行うために必要な書類です。
事故発生状況報告書
事故がどのように発生したかを詳しく記載する書類です。過失割合の判断材料となるため、できるだけ正確に状況を記入する必要があります。
負傷原因報告書
業務中や通勤中の事故ではないことを確認するための書類です。
交通事故証明書
警察に届け出た交通事故について、自動車安全運転センターが発行する公的な証明書です。
事故の発生を客観的に証明するために必要となります。
自動的に発行されるものではないため、被害者自身が自動車安全運転センターへ申請しなければなりません。
念書(損害賠償金納付確約書)
念書には、治療費の支払いを約束することを加害者自身に記入してもらう必要があります。
ただし、過失割合で争いがある場合などは、加害者が記入を拒むこともあります。その際は拒否理由を記載することが必要です。
同意書
健康保険者が加害者側へ治療費を請求する際、医療費の詳細情報を使用することへの同意書です。被害者本人が記入します。
示談書(示談成立時のみ)
すでに示談が成立している場合に提出します。
ただし、保険者への連絡前に示談をしてしまうと、健康保険が使えなくなる恐れがあるため、示談前には事前に保険者に相談してください。
よくあるご質問
ここでは、交通事故の健康保険利用に関してよく寄せられる質問にお答えします。
過失がどのくらいある場合に健康保険を使ったほうがよいですか?
「過失割合が何%以上なら健康保険を使うべき」という明確な基準はありません。しかし、被害者側の過失割合が大きいほど、あるいは入通院が長引いて診療単価が高額になるほど健康保険を使って治療費総額を抑えるメリットは大きくなります。
ご自身のケースで健康保険を使うべきか迷う場合は、事故の状況や治療費の見込みなどを踏まえて総合的に判断する必要があるため、一度弁護士に相談することをおすすめします。
健康保険は使えないと医療機関に言われました。どうすればよいですか?
まず、原則として交通事故でも健康保険は利用可能です。病院が難色を示す背景には、診療報酬が自由診療より低くなることや、交通事故特有の事務処理の煩雑さを避けたいという事情があると考えられます。
病院側は、健康保険を使う場合と自由診療の場合の違いを患者に説明し、納得を得る必要があるとされています。もし「使えない」と一方的に言われた場合は、なぜ使えないのか理由を尋ねてみましょう。
その上で、ご自身の状況(過失割合が大きい、相手が無保険など)を説明し、健康保険の利用を希望する意思を改めて伝えてみてください。それでも話が進まない場合は、他の病院への転院を検討したり、弁護士に相談したりすることも選択肢となります。
「健康保険を使えば自賠責保険の120万円の枠が温存できる」と聞きました。どういう意味ですか?
これは、特に加害者が任意保険に加入していない場合に重要となる考え方です。
自賠責保険から傷害部分の損害に対して支払われる保険金は、治療費、通院交通費、休業損害、慰謝料などをすべて含めて120万円までとなっています。
健康保険を使わない自由診療は治療費が高額になりがちで、治療費だけで120万円に達してしまうと、慰謝料や休業損害が自賠責保険からは一切支払われなくなります。
健康保険を使い、治療費を40万円に抑えれば、残りの80万円(120万円-40万円)の枠を慰謝料や休業損害の支払いに充てることができます。これが「自賠責保険の120万円の枠を温存できる」という意味です。
健康保険を使うと受けられる治療に制限はありますか?
健康保険を使うと、受けられる交通事故のけがの治療に制限があることがあります。
自由診療でしか認められない特殊な治療や薬などは、健康保険の対象外となります。
もっとも、一般的に広く行われている標準的な治療であれば、健康保険でも十分に受けることが可能です。
まとめ:悩んだらまずは弁護士に相談
交通事故の治療で健康保険を使うべきかどうかは、被害者の過失割合、加害者側の保険加入状況、治療の長期化の見込みなど、さまざまな要因を考慮して判断する必要があります。
交通事故の対応では、保険会社や医療機関との交渉など、専門的な知識が求められる場面が多々あります。判断を誤ると、受け取れるはずの賠償金が減ってしまうなど、思わぬ不利益につながりかねません。
健康保険の利用について少しでも疑問や不安があれば、お一人で悩まず、交通事故に詳しい弁護士にご相談ください。
よつば総合法律事務所には、交通事故の経験が豊富な弁護士が多数在籍しております。初回相談は無料ですので、ぜひお気軽にお問い合わせください。

- 監修者
- よつば総合法律事務所
弁護士 粟津 正博













