物損事故の被害者が請求できる賠償金
最終更新日:2025年12月10日

- 監修者
- よつば総合法律事務所
弁護士 粟津 正博
- Q物損事故の被害者はどのような請求ができますか?
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物損事故の場合、被害者は加害者に対して次のような項目の損害賠償を請求できます。
- 車両の修理費用
- 代車費用
- 評価損(格落ち損)
- その他の費用(休車損、積荷損など)
ただし、交通事故によって発生したすべての損害が賠償の対象になるわけではありません。事故との間に相当な因果関係が認められるものに限定されます。
被害者自身が、損害が発生した事実とその金額を具体的に主張・立証していく必要があります。

目次

物損事故とは
物損事故とは、交通事故により人の死傷がなく、主に自動車、ガードレール、家屋、店舗設備、積荷など「物」のみが破損した事故のことです。これは人のけがや死亡を伴う「人身事故」とは区別されます。
人身事故と大きく異なる点として、原則慰謝料の請求が認められないことや、自動車損害賠償保障法に基づく自賠責保険を利用できないということなどがあります。
物損事故の被害者が請求できる内容
物損事故では、実際に発生した損害を「項目ごとに積み上げていく」方式で賠償額を計算します。ここでは、代表的な損害項目を判断基準や実務上の注意点とともに整理していきましょう。
① 車両の修理費用
交通事故により車両が損傷し、修理が可能な場合、原則として、被害車両の「必要かつ相当な修理費用」を加害者に請求できます。
実際の修理額の賠償が原則
原則として、事故によって生じた部分の修理費をベースに請求します。ただし、賠償の対象は「事故と直接の関係がある必要かつ妥当な修理内容と費用」に限定されることに注意が必要です。
そのため、事故前から存在した損傷の修理(便乗修理)や、本来修理を要しない部分まで修理した場合(過剰修理)の費用は、妥当な修理費とは認められないことがあります。
修理額よりも車両時価が低い場合は車両時価の賠償
修理に必要な費用が、「事故当時の車両の価格」と、「同種の車両を購入するために必要な費用」の合計額を上回る場合を「経済的全損」と呼びます。
この場合、賠償額は修理費全額ではなく、時価額と買替諸費用の合計額が上限となります。
これは、損害賠償制度が、被害者が事故によって不当な利益を得ることを防ぎ、事故がなかった状態に回復させることを目的としているためです。
② 代車費用
事故車両の修理や買い替えのために、やむを得ず代車を利用した場合、その使用料を請求できます。「やむを得ず」というのは、他に利用可能な車がなく、通勤や通院、日常の買い物など、車が不可欠である場合を指します。
保険会社との交渉が長引き、話し合いに時間がかかると代車をめぐるトラブルが発生する可能性もあるため、注意が必要です。
③ レッカー費用
事故により自力走行が不能になった場合、修理工場まで車両を移動させるためのレッカー代も損害として請求できます。
④ 評価損(格落ち)
事故車両を修理しても、事故歴があることによって市場価値が低下することがあります。この価値の減少分を「評価損」または「格落ち損」と呼び、損害として請求できる場合があります。
実務や裁判例では、「客観的に市場価格の低下が認められる場合」に損害として認定されるのが一般的です。特に新車登録から日が浅い、人気車種・高級車、走行距離が短いなどのケースでは認められやすい傾向にあります。
評価損の金額は、修理費の10%〜30%程度とされることが多いものの、車種や年式、損傷の内容・範囲などの個別の事情に応じて判断されるため、一律に決まるものではありません。
また、評価損を証明する手段としては、一般財団法人日本自動車査定協会が発行する「事故減価額証明書」を活用する方法もあります。保険会社との交渉時に提出資料として用いられることがあり、一定の説得力を持つ資料といえるでしょう。
⑤ その他の損害
上記のほか、事故との因果関係が認められる範囲で、次のような損害も請求できる可能性があります。
休車損
営業用車両が事故による修理や買い替えのために使用できなくなった場合、その期間中に使用できていれば得られたであろう営業上の利益を損害として請求できることがあります。
積荷損
被害車両に積んでいた商品や製品が事故によって破損した場合、その交換価値や事故時の時価額が損害として認められます。事故時の時価額は、減価償却の方法により算定することが一般的です。
家屋・店舗の損害
事故によって家屋や店舗、設備などが破損した場合、修理費用が損害として認められるほか、店舗の修繕に伴い営業に支障が出た場合の営業損害(休業損害)も請求の対象となることがあります。
衣服・眼鏡などの損害
事故当時に身に着けていた衣類や眼鏡などが破損した場合、事故時点での時価額が損害として認められます。なお、けがを伴う人身事故の場合、眼鏡など身体機能を補完する物は、人身損害として扱われることがあります。
ペットに関する損害
ペットが死傷した場合の損害も、物損の損害賠償の費目の1つとして分類されています。
買替諸費用
車両が全損となり買い替える場合に必要となる登録や車庫証明、廃車の法定手数料や登録手続代行費用(相当額)、環境性能割(自動車税・軽自動車税)などが損害として認められます。
その他の雑費
車両の保管料や修理見積費用、交通事故証明書の交付手数料なども損害として請求できる場合があります。
請求のポイント
損害賠償を適切に進めるためには、次のポイントをしっかり押さえておくことが大切です。
① 証拠を集める
損害賠償請求を適切に行うためには、客観的な証拠が非常に重要です。次のような資料を収集しておくと、保険会社との交渉の際に役に立ちます。
- 交通事故証明書(事故の発生)
- 実況見分調書(事故態様)
- 事故直後の車両の損傷状況がわかる写真(修理費用)
- 修理費用の見積書・領収書(修理費用)
- 代車費用の請求書・領収書(代車費用)
- 積荷や着衣の損傷、汚損した写真(積荷損、着衣損)
- 事故車両あるいは事故後新しく車両を購入した際の発注書、見積書(買替諸費用)
- 現場見取図(事故態様)
- ドライブレコーダー映像(事故態様)
- 目撃者の証言(事故態様)
これらの資料があることで、損害の発生・範囲・金額を客観的に示すことができ、保険会社や加害者側との交渉でも有利に働きます。
② 必要性と相当性を検証する
請求を進める際には、次の2点について必ず検証することが重要です。
- 必要性:その修理や代車の手配が、実際に必要であったといえるか
- 相当性:請求している金額や内容が、社会通念上妥当な範囲に収まっているかどうか
次のようなケースでは、請求内容の妥当性が疑われる可能性があります。
- 事故と無関係の部分まで修理を請求している
- 特に必要でないのに高級車を借りて代車費用を請求している
- 経済的全損(車両時価などより修理費が高い)なのに修理費を請求している
こうした指摘を受けないためにも、修理見積書や請求書、損傷箇所の写真などを適切に整理し、請求内容の妥当性を説明できる状態にしておくことが重要です。
③ けがをしている場合は医師の診察を受ける
事故直後は興奮していて痛みを感じなくても、後から症状が出ることがあります。少しでも体に違和感があれば、医師の診察を受けてください。
けがが確認された場合、物損事故ではなく人身事故として扱われ、治療費や慰謝料などを請求できる可能性があります。人身損害の賠償額が確定する前に、先に物損部分だけを解決することも可能です。
よくあるご質問
ここでは、交通事故の物損について、よく寄せられるご質問にお答えします。
物損の慰謝料は請求できますか?
原則として、物損事故では精神的な苦痛に対する慰謝料を請求することはできません。
これは、物的な損害については修理や代替によって金銭的に回復が可能であり、損害が補填されれば精神的な負担も一定程度軽減されると考えられているためです。
物損の過失割合に納得できないときはどうすればよいですか?
過失割合は事故当時の状況に基づいて決定されます。保険会社が提示する割合に納得できない場合は、そのまま同意せず、証拠を基に反論することが重要です。
実況見分調書、ドライブレコーダー映像、目撃者証言、現場写真などを活用し、相手方がウィンカーを出さずに右折してきた、わき見運転をしていたといった具体的な事実を主張することで、過失割合が修正される可能性があります。
古い車のため修理額ではなく車両時価の補償です。納得できませんがどうすればよいですか?
事故による修理費が、その車の時価を上回る場合(経済的全損と認められる場合)には、法律上、修理費全額ではなく時価額が賠償上限となることが一般的です。
これは、被害者が事故によって「利益」を得ないようにする趣旨に基づいています。長年愛用してきた車であっても、この原則を覆して修理費全額の賠償を求めることは法的に難しいのが実情です。
ただし、けががあるなら、物損分とは別に人身損害(治療費・慰謝料等)を請求することで、人身損害と併せて一定の補償を期待できるケースもあります。
車両保険を使ったほうがよいですか?
ご自身が車両保険に加入されている場合、相手方保険会社との示談を待たずに修理費用を受けられるというメリットがあります。特に加害者が任意保険に未加入の場合、自身にも一定の過失がある場合、交渉が長引いている場合などには有効な選択肢です。
ただし、車両保険を使用すると、翌年以降の保険料が上がる可能性があるため、損害額や過失割合、保険料の増額分などを総合的に考慮して判断する必要があります。
まとめ:現実を踏まえた選択がおすすめ
物損事故の損害賠償請求では、慰謝料が原則認められないことや、賠償額に時価額という上限があることなど、法律上のルールが存在します。相手方保険会社との交渉では、これらのルールを前提に話が進められるため、あらかじめ理解しておく必要があります。
請求にあたっては、事故の状況を正確に記録し、証拠をしっかりと集めることが不可欠です。修理費、代車費用、評価損など様々な項目がありますが、それぞれの必要性と相当性を検証することで、より適切な請求が可能となります。

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弁護士 粟津 正博













