
監修者:よつば総合法律事務所
弁護士 坂口 香澄
- Q自賠責基準と裁判基準で自賠責基準の方が慰謝料が多い場合はどのような場合ですか?
- A①被害者が過失が大きい場合、②労災や健康保険を使って長期の通院をした場合、③怪我が軽傷で通院期間が2週間以下の場合などは自賠責保険の慰謝料額の方が高いことがあります。ただし、慰謝料以外の損害項目も合算すると裁判基準の方が有利となることが多いです。
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自賠責基準と裁判基準とは
一般に、自賠責基準の慰謝料は、裁判所基準の慰謝料よりも低いと言われています。これは、自賠責保険は、車の事故で被害に遭った方が、加害者の資力に関係なく一定の賠償は受けられるようようその最低限度を保証するための強制保険だからです。
そのため、交通事故の被害にあったときには、自賠責保険から支払われる額の賠償は確保しながら、きちんと適正な慰謝料額(裁判基準)を受け取ることが大切です。
そうはいっても、裁判基準よりも自賠責基準の方が有利になるケースはないのでしょうか?この記事では、自賠責基準の方が有利になるケースを解説します。
自賠責基準と裁判基準の慰謝料の計算方法
最初に、自賠責基準と裁判基準の慰謝料の計算方法を簡単に紹介します。
自賠責基準の慰謝料の計算方法
自賠責保険での慰謝料の計算方法は、
対象日数は、①通院回数の2倍又は②総治療期間のいずれか少ない方です。
例えば
1か月(30日間)治療して、その間に10回通院した場合には、【10回×2=20回】と【30日間】とを比較して少ない方が対象日数になります。
結果として対象日数は20日間です。
そのため、自賠責基準の慰謝料は
4300円×20日=8万6000円です。
一方、1か月(30日間)治療して、その間に20回通院した場合には、と【20回×2=40回】と【30日間】を比較して少ない方が対象日数になります。結果として対象日数は30日間です。
そのため、自賠責基準の慰謝料は
4300円×30日=12万9000円です。
上限があることに注意
自賠責基準は、日額4300円で計算するので、対象日数が増えれば増えるほど、比例して慰謝料額が大きくなっていきます。
ただし、自賠責保険には、120万円の上限があります。これは、慰謝料以外の損害、つまり慰謝料や休業損害も含めます。
実際が、対象日数(通院回数)が増えれば増えるほど、そのぶん治療費も増えるので、慰謝料として払われる金額の上限はそれだけ下がっていきます。
例えば、6か月間(180日間)に90回通院して、治療費として90万円がかかった場合には、慰謝料として支払われる金額は、最大でも30万円です。
実は、「上限がある」というのが自賠責保険の慰謝料が低くなる大きな要因なのです。
裁判基準の慰謝料の計算方法
裁判基準の慰謝料は、怪我の大小、入院・通院の期間によって計算します。裁判基準では、通院の回数は、よほど頻度が少なくない限り慰謝料の計算には影響しません。
例えば、骨折などの大きな怪我で1か月入院した場合の慰謝料の目安は53万円です。
むちうちや打撲などの怪我で、外来通院で治療に1か月かかった場合、慰謝料の目安は19万円です。2か月以降も、期間が長くなるにつれて慰謝料額の目安は上がります(上がり幅はだんだんなだらかになります)。
通院期間 | 1ヶ月 | 2ヶ月 | 3ヶ月 | 4ヶ月 | 5ヶ月 | 6ヶ月 | 7ヶ月 | 8ヶ月 | 9ヶ月 | 10ヶ月 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
慰謝料の目安 | 19万円 | 36万円 | 53万円 | 67万円 | 79万円 | 89万円 | 97万円 | 103万円 | 109万円 | 113万円 |
なお、裁判基準では、自賠責保険とは異なり、「上限」という考え方はありません。
慰謝料以外の損害がいくら発生していようと、慰謝料として支払われるべき金額が支払われます。
通院慰謝料の解説
Q入通院慰謝料の別表Ⅰと別表Ⅱの違いは何ですか?
自賠責基準の方が賠償額が多くなる場合
多くのケースで裁判基準の方が慰謝料額が大きくなるのはお分かりいただけたでしょうか。
では、必ず、どんなときも裁判基準の方が有利なのでしょうか?実はそうとも限りません。
自賠責保険の方が裁判基準より賠償額が高くなるケースを3つご紹介します。
①被害者の過失も大きい場合
単純に慰謝料額という意味では、裁判基準の計算法が大きくなることがほとんどですが、過失相殺後の「受け取れる額」つまり賠償額という点では、自賠責基準の方が高くなることがあります。
なぜなら、裁判を含む通常の賠償の場面では、被害者に少しでも過失があればその分の過失相殺がされますが、自賠責保険は、被害者の過失がよほど大きくない限り、過失相殺をしないからです。
しかも、自賠責基準では、過失相殺をするとしても、最大でも20%だけです。
被害者の過失割合 | 減額割合 |
---|---|
70%未満 | 減額なし |
70%以上100%未満 | 20%の過失相殺 |
例えば、むちうちの怪我で1か月間(30日間)治療し、その間に20日間通院したケース
慰謝料の計算は、
- 裁判基準 19万円
- 自賠責基準 12万9,000円
ですが、
仮に被害者にも50%の過失があった場合、裁判基準の慰謝料は50%の過失相殺の対象になります。一方、自賠責基準は過失相殺されません。そのため、自賠責基準の賠償額の方が裁判基準よりも高くなります。 - 裁判基準 9万5000円(19万円×50%)
- 自賠責基準 12万9000円
②労災や健康保険を使って長期の通院をしたケース
自賠責基準での慰謝料額が大きくならない要因に、自賠責保険は治療費等もすべて含めて上限が120万円であることを説明しました。
ただし、治療費や休業損害を加害者やその保険会社以外が負担した場合には、自賠責保険には、そうした治療費等よりも慰謝料など被害者本人が受け取るものを優先して支払うルールがあります。
例えば、6か月間(180日間)に90回以上通院し、治療費が90万円かかった場合、
自賠責基準の慰謝料額は、計算上は、4300円×180日=77万4,000円です。
この場合、治療費90万円を加害者の保険会社が支払った場合には、自賠責保険から支払われる慰謝料はその残りで、最大でも30万円です。
ただし、治療費90万円を負担したのが労災の場合には、自賠責保険は、労災からの治療費分の求償請求の支払いよりも、被害者本人への慰謝料の支払いを優先します。その結果、まず被害者に慰謝料77万4000円やその他の費用が支払われ、120万円の満たなければ残りの部分から労災が治療費を回収します。
なお、治療期間6か月の例だと、それでも裁判基準の慰謝料の目安額(89万円)の方が高いです。
ただ、これが8か月、9か月…となってくると、裁判基準の慰謝料額よりも、自賠責基準で自賠責保険から支払われる慰謝料額の方が高くなる可能性が出てきます。
例えば、10か月間(300日間)に150回通院し、治療費の全額を労災が支払った場合だと、
- 自賠責基準 4300円×150日=129万円→最大120万円(上限)
- 裁判基準 113万円
となり、自賠責保険から支払われる賠償金の方が高くなります。
③怪我が軽傷で通院期間が2週間以下のケース
かなり限定的なケースですが、怪我がむち打ちや打撲などで、通院期間が2週間以下のケースで、かつ最終通院日に「治癒」でなかった場合には、裁判基準よりも自賠責基準の方が慰謝料が高くなる可能性があります。
自賠責保険の細かいルールに、最終通院時の診断が「治癒」でない場合には、最終通院日までの期間に7日を加えた期間を治療期間と考えるという特別ルール(プラス7日ルール)があります。
「治癒」でないとは、「治癒見込み」「転医」「中止」(治癒していないけど何らかの理由で治療は終了とする)などの場合です。
つまり、自賠責基準では、「治癒」以外で治療が終了すると、「治癒」の場合に比べて7日間分、つまり最大で3万0100円(4300円×7日)慰謝料が増える可能性があるということです。
例えば、実際の通院期間は2週間(14日間)でも、「中止」で治療が終了している場合には、自賠責基準で慰謝料を計算するときの治療期間は14日+7日で21日間とみなします。その間に11回以上通院していた場合、自賠責基準での対象日数は21日、裁判基準は実際の通院期間である14日間で計算します。その結果、慰謝料の目安は以下のとおり、自賠責基準の方が高くなります。
- 自賠責基準 9万0300円
- 裁判基準 8万8667円
ただ、プラス7日ルールで増えるのは最大でも3万0100円だけなので、実際の治療期間が2週間を超えたり、そもそも怪我が骨折などの重症であったりする場合には、プラス7日ルールを適用しても自賠責基準の慰謝料よりも裁判基準の方が高くなります。
まとめ
- ①被害者が過失が大きい場合、②労災や健康保険を使って長期の通院をした場合、③怪我が軽傷で通院期間が2週間以下の場合などは自賠責保険の慰謝料の方が高いことがあります。
- ただし、慰謝料以外の他の損害項目も合算した場合、裁判基準の方が有利となることが多いです。
(監修者 弁護士 坂口 香澄)