物損事故から人身事故に切り替える方法と期限
最終更新日:2025年08月01日

- 監修者
- よつば総合法律事務所
弁護士 粟津 正博
- Q物損事故から人身事故に切り替えるにはどうすればよいですか?また、いつまでにすればよいですか?
-
事故後すぐに病院を受診して診断書をもらい、それを警察署に提出することで切り替えできます。
期限は明確に法律で決まっているわけではありませんが、事故発生から10日以内をおすすめします。1か月を過ぎてしまうとトラブルになる可能性が高まりますので要注意です。

目次

人身事故と物損事故とは
交通事故は、大きく「人身事故」と「物損事故」に分けられます。
人身事故は、交通事故によって人がけがをしたり、命を落とした場合のことです。打撲やむち打ちのような軽いけがでも、「人の身体に被害が出た」以上は人身事故として扱われます。
人身事故の場合、事故現場では警察官による詳細な実況見分が行われ、事故状況が記録されます。また、自賠責保険や任意保険によって治療費や慰謝料、休業損害などの補償が支払われる可能性があります。
一方、物損事故とは、交通事故によって車や建物などの「物」にだけ損害が出たケースをいいます。たとえば車同士が軽く接触してバンパーがへこむような場合や、運転中にガードレールや標識にぶつけてしまった場合などが該当します。
物損事故の場合、一般的には警察は簡易な現場確認で済ませます。そのため、事故の記録が詳細に残らないことも多く、後日争いになることもあります。補償も車や建物の修理費など、物の損害に限定されます。
物損事故から人身事故への切り替えの流れ
交通事故直後は、動揺やショックで痛みを感じにくいことがあります。そのため、「物損事故」として届け出てしまったものの、事故翌日あるいは数日後に首や腰に痛みが現れることも珍しくありません。この場合でも、「人身事故」への切り替え手続きが可能です。
手続きは次の3つのステップで進めるのが一般的です。
① 病院で診断書を作成してもらう
早めに整形外科等を受診
物損事故から人身事故に切り替えるために最も重要なのは、「けがをしていること」を医師に証明してもらうことです。事故後に痛みや違和感を感じたら、早めに病院を受診しましょう。受診先としては、整形外科が適切です。なぜなら、整形外科であれば骨折、打撲、むち打ちなど、交通事故でよくある症状を専門的に診断できるからです。
保険会社に事故との因果関係を否定されたり、たいしたけがではないと判断されないよう、一日でも早く受診することをおすすめします。
事故状況や痛みを正確に医師に伝える
診察を受ける際は、医師に対して「交通事故にあったこと」を正確に伝えましょう。交通事故が原因であることを明確に伝えることで、診察の観点や記載内容が変わることがあります。さらに、痛みや違和感がある部位、どのような動作で痛みが出るのか、事故当日の状況などもできるだけ詳しく説明してください。
そのうえで、医師に「診断書の作成」を依頼します。診断書は、警察に人身事故への切り替えを申請する際の必須書類であり、被害の証明手段となります。
診断書に関する注意点
- 診断書の作成費用は一般的に数千円程度です。この費用は後日加害者側に請求できる可能性があります。領収書を保管しておきましょう。
- 診断書発行までには数日から1週間程度かかることがあります。診断書が発行される前に警察にけがの存在を報告することも可能です。
- 交通事故における診断書には複数の種類があります。損害賠償請求や、自賠責保険の手続、後遺障害の申請で別の診断書が必要になるケースもあります。
② 警察に診断書を持っていく
警察の手続きの流れ
診断書が手元に届いたら、物損事故として届け出た警察署に連絡をし、人身事故への切り替えの手続きを申し出ましょう。
基本的な流れは以下のようになります。
- 診断書を提出して、人身事故としての処理を希望する
- 被害者・加害者立ち会いのもと、「実況見分」が実施される
- 必要書類や事故車両を用意する(修理中の場合は写真で代用できる場合あり)
警察に提出する際の注意点
- 警察署に訪問する際は、事前予約を取るのが一般的です。予約時に必要な書類や同行者の有無などを確認しておくとスムーズです。
- 実況見分では被害者と加害者の双方が立ち会うことが望ましいですが、加害者が拒否した場合も警察にその旨を伝えましょう。警察は被害者の診断書だけで手続きを進めることもあります。
- 事故車両を持参するよう指示されることもありますが、修理済みであれば損傷箇所の写真を提出するなどの対応が可能です。事前に確認しましょう。
- 加害者が切り替えに同意しないケースでも、診断書があれば警察が人身事故として扱うことがあります。そのような事情も、事前に警察に伝えるようにしてください。
③ 加害者の保険会社に切り替えを伝える
人身事故に切り替えたあとは、速やかに加害者側の任意保険会社にも連絡を入れましょう。
事故直後に警察へ届け出た際には、事故の種類が「物損」となっているため、保険会社も物損扱いの交通事故証明書を既に取得していたり、当初は「物的損害のみの対応」として処理を進めていることがあります。そのため、被害者の身体にけががあり、人身事故へと切り替えた場合には、その旨を明確に伝え、今後の対応方針を改めて確認する必要があります。
特に以下の3点は、保険会社に対して必ず伝えておきましょう。
診断書の内容と切り替えの事実
どの部位を負傷したのか、診断名などを説明します。人身事故として正式に警察へ切り替え手続きを行ったことも、あわせて伝えるようにしてください。
治療内容や入院の予定
治療の内容、リハビリの有無、薬の内容、今後入院が必要になりそうな場合にはその見通しも伝えます。保険会社が治療内容の妥当性を判断するためには、事前に治療内容を共有しておくことが大切です。
なお、診断書に記載のある全治までの期間は、当初の見込みに過ぎないので、それ以上通院に期間をかかっても問題はありません。
治療費の支払い方法
治療費の支払方法については、保険会社が医療機関に直接支払いを行う「一括対応」を希望することを明確にしておきましょう。保険会社が一括対応を行ってくれる場合、被害者は窓口での支払いをせずに済むため、金銭的な負担を減らすことができます。
また、仮に一時的に治療費を被害者が立て替える場合には、必ず領収書を保管しておくことが重要です。治療費の明細書や領収書は、後日の精算や慰謝料算定において欠かせない資料となります。
さらに、医療費の負担を軽減する方法として、健康保険の利用も検討できます。交通事故による治療では、自由診療(10割負担)ではなく、健康保険を適用することで3割負担に抑えることができます。
ただし、通常の保険診療とは手続きが異なるため、事前に医療機関で交通事故治療であることを伝え、保険証を提示するようにしましょう。
切り替えができる期限
事故から10日以内だとスムーズなことが多い
物損事故から人身事故へ切り替えるには、できるだけ早く行動することが重要です。法律上、明確に「○日以内に切り替えなければならない」というルールが定められているわけではありませんが、実務上は事故発生からおおむね10日以内を目安に対応するのが望ましいとされています。
なぜ「事故から10日以内」が目安とされているかというと、事故とけがとの関係を、警察が客観的に認定しやすい期間だからです。事故から日が浅いうちは、被害者の症状や事故現場の状況、診断書の記載内容などに一貫性があり、因果関係を疑われる可能性が低くなります。そのため、診断書を提出すれば比較的スムーズに人身事故への切り替えが受理される傾向にあります。
1か月を経過してからだとトラブルになりやすい
事故から10日を過ぎると、警察が慎重な対応を取ることが増えてきます。たとえば、事故から2週間以上が経過した場合、「そのけがが本当に事故によるものなのか」「日常生活中に別の要因で負傷した可能性はないか」といった観点で判断されるようになります。
さらに、1か月以上経過してしまうと、実況見分を行ってもらえなかったり、そもそも切り替えの申請自体を事実上断られるケースも出てきます。ただし、事案の内容や担当する警察の個別の判断にもよります。
また、実況見分の実施にも支障が出る可能性があります。事故車両がすでに修理されていたり、現場の状況が変化していたりする場合には、警察が事故当時の状況を正確に再現するのが困難になります。その結果、加害者の過失が明確にならず、被害者にとって不利になることも考えられます。
こうした不利益を避けるためにも、身体に少しでも異変を感じたら、できるだけ早く医療機関を受診し、診断書を取得しましょう。診断書の完成を待ってから警察に連絡してもよいですが、症状が出た時点で一度警察に「人身事故への切り替えを検討している」旨を伝えておくと、後日の手続きがスムーズになる可能性があります。
なお、警察署によって対応の詳細や必要書類が異なる場合もあるため、事故を届け出た警察署に早めに連絡し、切り替えの期限や手続きの流れについて確認しておくと安心です。
まとめ:人身事故への切り替えはお早めに
交通事故にあった直後は、気が動転して自分の身体の状態を冷静に把握できないことがあります。そのため、事故当初は「けがはない」と判断して警察に物損事故として届け出たものの、数時間後や翌日になってから首や腰に痛みが出てくるといったケースは決して珍しくありません。
こうした場面で重要なのは、少しでも身体に異変を感じた時点で、迷わず医療機関を受診することです。たとえ軽い痛みであっても、「たいしたことはないだろう」と自己判断せず、病院で適切な診察を受けてください。診断の結果、けがが確認された場合には、医師に診断書を作成してもらい、それをもとに警察署や加害者側の保険会社に人身事故への切り替えを申請しましょう。
人身事故として正式に届け出ることで、被害者は加害者の自賠責保険や任意保険を通じて、治療費の補償を受けられる可能性が高まります。さらに、精神的苦痛に対する慰謝料や、通院にかかった交通費、仕事を休まざるを得なかった場合の休業損害なども、適切に請求できるようになります。
事故後の対応の早さは、その後に受けられる補償や精神的な安心にも大きく関わってきます。事故発生時には冷静な判断が難しいかもしれませんが、だからこそ、「少しでも不安を感じたら、まず相談・受診をしておく」という姿勢が大切です。

- 監修者
- よつば総合法律事務所
弁護士 粟津 正博