尺骨神経麻痺

最終更新日:2025年11月05日

監修者
よつば総合法律事務所
弁護士 粟津 正博

尺骨神経麻痺とは、腕の神経のひとつである「尺骨神経」が障害されて起こる麻痺のことです。主に小指側(手の内側)に症状が現れます。

この記事では、尺骨神経麻痺について、原因や治療法、後遺障害の認定基準などを交通事故に詳しい弁護士がわかりやすく解説します。

尺骨神経麻痺は専門的な判断が必要です。気になることやお悩みがある場合は、まずはよつば総合法律事務所へお問い合わせください。

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尺骨神経麻痺

尺骨神経

首(脊髄)から出た神経は、肩付近の腕神経叢という神経の束を経由して、正中神経、尺骨神経、橈骨神経という3本の末梢神経に分かれて手指まで走行しています。

それぞれの神経の走行する部位や支配領域は異なり、どの神経が障害されているかで、生じる症状は異なります。

尺骨神経は頚椎から鎖骨の下を通り、手のひらを前に向けたときの脇の下から肘の内側を走行し、さらに手首を越えて手先まで走行しています。この神経は手の薬指と小指の知覚や筋肉を支配しています。

正中神経、橈骨神経、尺骨神経

尺骨神経が圧迫を受けると、薬指と小指がしびれ、手に力が入りづらくなります。

また、母指内転筋・小指外転筋・骨間筋などの指を閉じたり開いたりする筋肉が脱力し、筋萎縮を起こします。

この結果、手は鷲手変形が生じます。

わし手--骨間筋萎縮

尺骨神経麻痺の原因と種類

交通事故の場合は、肘関節部の切創・肘部管症候群、上腕顆上骨折、上腕骨内上顆骨折、事故による変形性肘関節症、外反肘、手関節切創などが、尺骨神経麻痺の原因になると考えられています。

このうち、尺骨神経が特に絞扼・圧迫を受けやすい場所は肘と手首です。肘で発症するのを肘部管症候群、手首で発症するのをギヨン管症候群と呼んでいます。

肘部管症候群

上腕骨内上顆(いわば肘の内側のくるぶしです。)の後方に、尺骨と滑車上肘靭帯で形成された肘部管というトンネルがあり、このトンネルの中を尺骨神経が通過しています。

尺骨神経が、肘部管というトンネルの中で絞扼・圧迫されているもの

肘部管症候群とは、尺骨神経がこの肘部管というトンネルの中で圧迫されているものです。

トンネル内は狭くゆとりがないため、外傷による打撃、圧迫、引き延ばしなどを契機に、神経麻痺が生じることがあります。

肘の内側のくるぶしの後ろをたたくと、痛みが指先にひびくチネルサインが陽性となります。

神経伝達速度検査

親指と人差し指で紙をつまんでから引き抜く、フロメンテストも陽性となります。

フロメンテスト

神経伝達速度検査を実施すると、神経を電気で刺激したときに、筋肉が反応するまでの時間が長くなっていることが示されます。

保存療法も行われていますが、効果がなかったり麻痺が進行したりしているときは、尺骨神経を圧迫している靭帯を切除したり、神経を移動させたり、骨を削ったりする手術を行うことがあります。

ギヨン管症候群

尺骨神経は、肘の内側を下降し、手首周辺で、有鈎骨の鈎と豆状骨で構成されるギヨン管の中を通過します。

尺骨神経が、ギヨン管というトンネルの中で絞扼・圧迫されているものを、ギヨン管症候群といいます。

有鈎骨の骨折によるギオン管症候群

交通事故では、バイクのアクセルを握った状態での出合い頭衝突で、右手に多く発症しています。自転車、バイクから転倒する際に、手をつくことでも発症しています。手をついた際に、手のひらの左下側、有鈎骨部分に圧痛を自覚します。

手のひらの左下側、有鈎骨部分に圧痛

有鈎骨ゆうこうこつの骨折により、ギヨン管症候群を発症します。
下の図は手のひら側のCT画像ですが、突起(鉤)が骨折しているのが確認できます。

有鈎骨の骨折により、ギヨン管症候群を発症したCT画像

ギヨン管症候群の場合もフロメンテストや神経伝導速度で異常が確認できます。

保存療法か手術どちらも選択される可能性があります。手術は、神経の圧迫を物理的に取り除く神経剥離術が一般的です。

尺骨神経麻痺の診断

臨床所見では、薬指と小指のしびれが強くあったり、薬指と小指を完全に伸ばすことができなくなっている場合は尺骨神経麻痺を疑います。

手の筋肉である骨間筋が萎縮し、骨が浮き出た状態になっていたり、ひじの内側部分を叩くと小指に響く痛みを感じたりするときは、尺骨神経麻痺の可能性が高いです。

尺骨神経は、薬指と小指の感覚を支配しているので、この部位に感覚障害が生じます。

フロメンテスト、チネルサインテストなどのテストに加え、針筋電図、神経伝導速度検査も有効な検査です。

尺骨神経麻痺の治療

末梢神経の障害が疑われる場合、神経伝達速度検査によって病変部位の特定が可能です。

治療は保存的に低周波電気刺激療法やマッサージ、レーザー光線の照射が行われますが、効果が得られないものは神経剥離術、神経移行術が行われます。

これらが不可能なものは腱移植術を行い、装具の装用で機能を補完することになります。

尺骨神経麻痺の原因が肘部管症候群やギヨン管症候群であれば、尺骨神経が肘部管、ギヨン管のトンネルの中で圧迫を受けている状態です。この状態を排除すれば、改善が得られます。

尺骨神経麻痺の原因が切断や挫滅によるものであれば、マイクロサージャリーで尺骨神経をつなぐ手術をしないと改善しません。

尺骨神経麻痺の後遺障害

まず、尺骨神経麻痺による後遺障害が認定されるためには、針筋電図や神経伝導速度検査などにおいて、尺骨神経麻痺があることが客観的に証明される必要があります。

尺骨神経麻痺は、切断挫滅が原因ではなく、肘部管やギヨン管の中での絞扼圧迫が原因であるもののほうが多いです。

対処が早ければ回復が得られ、神経麻痺の後遺障害を残しません。

受傷から6か月近くを経過しており、原因が切断挫滅であるときも神経絞扼圧迫であるときも、骨間筋萎縮が認められ鷲手変形をきたしているときは、陳旧性の状態となっていますから、この段階から手術を行っても、元通りの改善が期待できず後遺障害となることが多いです。

尺骨神経麻痺で認定されうる後遺障害は、機能障害(上肢、手指)、神経障害の2種類です。

関節の機能障害
8級6号 1上肢の三大関節中の1関節の用を廃したもの
10級10号 1上肢の三大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの
12級6号 1上肢の三大関節中の1関節の機能に障害を残すもの
手指の機能障害
10級7号 1手の親指又は親指以外の2の手指の用を廃したもの
12級10号 1手の人差し指、中指又は薬指の用を廃したもの
13級6号 1手の小指の用を廃したもの
14級7号 1手の親指以外の手指の遠位指節間関節を屈伸することができなくなったもの
神経障害
12級13号 局部に頑固な神経症状を残すもの
14級9号 局部に神経症状を残すもの

機能障害(関節の動く範囲の制限)

機能障害は、関節が動く角度を測定し、異常があるときの後遺障害です。動かない程度が大きいほど上位の等級になります。

尺骨神経の断裂による麻痺が生じ、神経縫合術や腱再建術を行っても、筋肉が萎縮して可動しない場合は機能障害による後遺障害が認定される可能性が高いです。

この場合、手関節の可動域制限、親指以外の2手指の機能障害が考えられます。

8級6号 1上肢の三大関節中の1関節の用を廃したもの
10級10号 1上肢の三大関節中の1関節の機能に著しい障害を残すもの
12級6号 1上肢の三大関節中の1関節の機能に障害を残すもの

手関節の可動域制限の場合、原則として屈曲と伸展による運動を参照します。

可動域の測定にはルールがあります。詳細は関節可動域表示並びに測定法(日本リハビリテーション医学会)をご確認ください。

認定のためには、単に数値上の基準を満たすだけではなく、そのような可動域の制限が生じることについて医学的な説明ができることが必要です。

尺骨神経麻痺のように、末梢神経損傷を原因として関節を可動させる筋が弛緩性の麻痺となり、他動では関節が可動するが自動では可動できない場合は、自動運動による数値を参照します。

  • 「弛緩性の麻痺」とは筋肉がだらんとして力が入らない状態です。
  • 「他動」とは医師などが手を添えて動かす場合です。
  • 「自動」とは自分の力で動かす場合です。

「用を廃したもの」(8級)

「用を廃したもの」(8級)とは、関節が、完全弛緩性麻痺により全く動かないか、その可動域が負傷していない側の1/10以下に制限されている場合です。

ただし、尺骨神経で用廃となる場合は稀です。

著しい機能障害(10級)

「関節の機能に著しい障害を残すもの」(10級)とは、関節の可動域が、負傷していない側の1/2以下に制限されている場合です。

機能障害(12級)

「関節の機能に障害を残すもの」(12級)とは、関節の可動域が、負傷していない側の3/4以下に制限されている場合です。

手指の機能障害

10級7号 1手の親指又は親指以外の2の手指の用を廃したもの
12級10号 1手の人差し指、中指又は薬指の用を廃したもの
13級6号 1手の小指の用を廃したもの
14級7号 1手の親指以外の手指の遠位指節間関節を屈伸することができなくなったもの

「用を廃したもの」(10級、12級、13級)

「用を廃したもの」(10級、12級、13級)とは以下の場合をいいます。対象となる指の本数の組み合わせによって等級が異なります。

  • 中手指節間関節又は近位指節間関節(親指にあっては指節間関節)の可動域が健側の可動域角度の1/2以下に制限されているもの
  • 手指の末節の指腹部及び側部の深部感覚及び表在感覚が完全に脱失したもの

「屈伸することができないもの」(14級)

「遠位指節間関節を屈伸することができないもの」(14級)とは以下の場合をいいます。対象となるのは親指以外の手指です。

  • 遠位指節間関節が強直したもの
  • 屈伸筋の損傷等原因が明らかなものであって、自動で屈伸ができないもの又はこれに近い状態にあるもの

尺骨神経麻痺の場合は、薬指と小指の用廃は10級、薬指の用廃は12級、小指の用廃は13級(遠位指節間関節の可動域制限の場合は14級)が認定されます。

神経障害

神経障害の後遺障害認定基準は次のとおりです。

12級13号 局部に頑固な神経症状を残すもの
14級9号 局部に神経症状を残すもの

12級は、画像や検査結果から客観的に異常が分かり、痛みが残ることが医学的に証明できる場合です。

尺骨神経麻痺の存在が針筋電図や神経伝導速度検査などの検査において客観的に証明できる場合も、これを原因として12級が認定されることがあります。ただし、重度の尺骨神経麻痺により機能障害が認められる場合、神経障害は派生関係にあるものとして個別に後遺障害は認定されないこともあります。

骨折や開放創の治療に着目し、神経麻痺が見過ごされることがあります。そのような場合でも、各種検査によって尺骨神経麻痺であることが立証されれば、後遺障害が認定される可能性があります。

14級は、痛みが残ることが医学的に証明されているとまではいえないが、医学的に説明可能な場合です。

つまり、客観的な所見から痛みが生じる原因が明らかとはいえないものの、受傷態様や治療内容、症状の一貫性などから、将来にわたり痛みが残ることが医学的に説明できる場合です。

まとめ:尺骨神経麻痺の後遺障害

尺骨神経は、手首や手の指を伸ばす筋肉を支配する神経です。尺骨神経麻痺になると指を閉じたり開いたりする筋肉がうまく動かなくなり、筋萎縮を起こします。その結果、手は鷲手変形が生じます。

後遺障害は、主に機能障害・神経障害があり、8級から14級まで等級があります。

尺骨神経麻痺による後遺障害が認定されるためには、針筋電図や神経伝導速度検査などの検査において原因となる所見が求められます。

尺骨神経麻痺の後遺障害は専門的な判断が必要です。悩まれたら、まずは交通事故に詳しい弁護士への相談をおすすめします。

監修者
よつば総合法律事務所
弁護士 粟津 正博

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