高齢者の損害賠償の注意点
最終更新日:2025年06月24日

- 監修者
- よつば総合法律事務所
弁護士 粟津 正博
- Q高齢者の損害賠償にはどのような注意点がありますか?
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交通事故の高齢者の損害賠償では、次のような点に注意しましょう。
- 治療期間が長期化しやすい
- けがが重症になりやすい
- 元々の持病が問題になりやすい
- 休業損害が認められにくい
- 逸失利益が認められにくい
- 入院・通院付添費の請求を検討する
- 重症時は介護費用の請求を検討する
- 重症時は自宅改造費の請求を検討する
- 過失割合が有利になりやすい
- 解決前にお亡くなりになることを避ける

目次

① 治療期間が長期化しやすい
高齢者は、年齢とともに自然治癒力や免疫機能が低下するため、骨折や打撲などのけがを負ったときに若年者と比べて治るまでの期間が長くなることが一般的です。
また、転倒・転落による高齢者の骨折などでは、手術やリハビリの負担も大きく、社会復帰に時間がかかることがあります。特に大腿骨頸部骨折(太ももの付け根の骨折)などは寝たきりの原因にもなりやすく、入院期間が数か月に及ぶことも珍しくありません。
交通事故による負傷は、単なるけがだけでなく、入院やベッドで体を動かせない状態が長期化することで、負傷した部位以上に四肢の機能や認知効能が衰え、「その後の生活機能の低下」や「要介護状態」につながることもあります。このような状態を廃用症候群といいます。そのため、治療費の請求や慰謝料の交渉でも、治療期間が長期化することを前提にした対応が必要です。
② けがが重症になりやすい
高齢者は、交通事故にあうとけがが重くなる傾向があります。これは、年齢とともに体の機能が衰えていくことが大きな原因です。
たとえば、骨がもろくなっていると、ちょっと転んだだけでも骨折してしまうことがあります。筋力も弱くなっているため、転倒すると自分の体を支えることができず、頭を打ってしまうなど、大きなけがにつながることもあります。
さらに、体の中の臓器も弱くなっているため、けがが表面だけに見えても、実は内臓にダメージを受けていたというケースもあります。そうした場合は、見た目以上に重い症状になってしまうこともあるのです。
けがが重症になりやすいことを前提とした治療計画を立てると共に、けがの状況に応じた後遺障害の申請をしましょう。
③ 元々の持病が問題になりやすい
高齢者の交通事故では、「事故によるけがなのか」「もともとの病気による影響なのか」が問題になることが少なくありません。
年齢を重ねると、糖尿病・高血圧・骨粗しょう症・軽度の認知症など、何かしらの持病を抱えている方が多くなります。こうした既往症があると、骨がくっつかなかったり、治療が長引くことがありえます。そうすると、「こんなに治療が長くなるのは前からあった病気のせい」「後遺障害が残るのは既往症のせい」と見なされて、損害賠償が減額されてしまうリスクがあります。
また、入院やリハビリの過程で、認知機能や身体の機能が一気に低下することも珍しくありません。それにもかかわらず、「事故とは関係がない」「加齢によるもの」と判断されてしまうと、後遺障害が認定されなかったり、本来受け取れるはずの補償を逃してしまう可能性があります。
このようなトラブルを防ぐためには、医師に正しく症状を伝えて、正しく医師に判断してもらうことがとても重要です。気になることがある場合は、主治医に相談してみましょう。交通事故による外傷と現在の症状の関係をしっかりと証明することが適正な賠償につながります。
④ 休業損害が認められにくい
交通事故でけがをすると、治療のために仕事を休まざるを得ないことがあります。そのような場合、本来得られるはずだった収入については「休業損害」として賠償請求が可能です。
しかし、高齢者の場合、この休業損害が認められにくい傾向があります。
まず、年金だけで生活している方の場合、「事故によって減った収入がない」とみなされるため、基本的には休業損害の対象外とされます。年金は労働の対価ではなく、あくまで公的給付だからです。
また、仮に働いていたとしても、収入が少額だったり、勤務が不定期だったりするケースでは、事故によって収入がどれだけ減ったかを立証するのが難しいこともあります。たとえば、次のような場合は特に注意が必要です。
- パート勤務で勤務日数が月によってばらばらで、事故がなければ勤務していたであろう日がはっきりしない
- 自営業や内職などで、売上や収入に波がある
- 仕事の証拠となる資料(明細書・帳簿など)が残っていない
ただし、これらの事情があっても、休業損害の請求を必ずしもあきらめる必要はありません。年金を受け取りながらでも働いていた場合や、収入の実態が客観的に証明できる場合は、休業損害として認められる可能性があります。
たとえば、次のような証拠があると有利です。
- 給与明細や源泉徴収票、確定申告書
- 勤務先が作成した休業損害証明書
- 銀行口座の入金履歴や日記、スケジュール帳などの日常記録
さらに、家事や介護を担っていた方(いわゆる家事従事者)も、事故によって家事や介護ができなくなった場合、その損失が休業損害として認められるケースがあります。この場合は、日常的にどのような家事・介護をしていたかを具体的に説明することが重要です。
⑤ 逸失利益が認められにくい
逸失利益とは、交通事故によって後遺障害が残ったり、被害者が亡くなったりした場合に、本来であれば将来得られていたはずの収入の損失を補うための損害賠償です。ただし、高齢の方が被害者となった場合は、この逸失利益が認められにくい傾向があります。
まず、休業損害と同じように年金だけで生活している方の場合、収入の損失はないため、後遺障害による逸失利益の対象外とされます。
また仮に働いていたとしても、「あと何年働けたか」という期間が短く見積もられやすいため、逸失利益の金額が低く算定されがちです。年齢が高いと、「事故がなくてもまもなく収入は得られなくなっていた」と判断され、逸失利益そのものが否定されるケースもあります。
それでも、事故前に収入を得ていたり、働く具体的な予定があったりした場合には、年齢にかかわらず逸失利益が認められる可能性があります。アルバイトや自営業での収入、地域活動で得た報酬なども、給与明細や確定申告書、通帳の入金履歴などで裏づけができれば、請求は可能です。
逸失利益の判断は専門的で複雑なため、早い段階で交通事故に詳しい弁護士に相談することをおすすめします。
⑥ 入院・通院付添費の請求を検討する
高齢者が交通事故によりけがを負った場合、入院や通院の際に家族などの付き添いが必要になることがあります。とくに、骨折や頭部外傷などで身体を自由に動かせなかったり、認知機能に不安がある場合には、医療機関への付き添いが欠かせません。
このような付き添いには、ご家族の時間的・経済的な負担がかかりますが、状況によっては「付添費」として損害賠償の対象に含めることができます。たとえば、家族が会社を休んで入院中の看病をした場合や、通院時に送迎を行った場合などは、付き添いが必要だったことを示すことで、その分の費用が認められることがあります。
もっとも、付添費が必ず補償されるわけではありません。損害として認められるには、「付き添いが医療上必要だった」と判断されることが前提になります。つまり、単なる見舞いや付き添いではなく、医師の指示や、症状の重さなどによって必要性が認められることが大切です。実際は、医療上あるいは介護上有益な行為を行っていると付添費が認められやすい傾向があります。
また、付き添いに関する証拠も重要です。入院記録に「家族の介助が必要」と記載されているか、病院の面会記録に付き添いの有無が残っているかなどが判断材料になります。日付ごとの通院履歴や、実際に誰がどのような支援をしたかのメモや記録として残しておくと役立ちます。
付き添いが職業付添人(介護スタッフや看護師など)だった場合には、その支払った費用の領収書を提出することで、比較的スムーズに請求が通ることもあります。
⑦ 重症時は介護費用の請求を検討する
交通事故により重症を負ってしまった場合、日常生活に支障が出るようになることがあります。とくに高齢者では、回復に時間がかかるうえに、事故をきっかけに介護が必要な状態になることも少なくありません。
たとえば、骨折がきっかけで歩行が困難になったり、頭部を強く打って記憶力や判断力が低下したりするケースでは、自分で食事や排せつ、入浴などができなくなることがあります。このように、事故によって介護が必要になった場合には、その費用を加害者側に損害賠償として請求できる可能性があります。
介護費用として請求できるのは、たとえばヘルパーの利用料や、介護施設への入居費用、介護用品の購入費、住宅内での介助者の人件費などです。すでに家族が介護を担っている場合でも、無償であっても損害と評価されることがあり、「将来にわたって家族にかかる負担分」を一定の相場に基づいて金額に換算して請求できるケースもあります。
ただし、介護費用を損害として認めてもらうには、「その介護が本当に事故によって必要になったものか」をきちんと説明できなければなりません。事故後に認定された後遺障害等級や、医師による介護の必要性の診断書、ケアマネジャーによる要介護度の判定結果などが重要な証拠となります。
高齢者にとって、介護が必要になることは生活全体に影響を及ぼす大きな問題です。介護費用がかさんでも、請求の仕方がわからないまま泣き寝入りしてしまうことがないように、事故後の早い段階で介護の必要性を医師に伝え、診断書や証拠をそろえておくことが重要です。特に後遺障害の等級が重要ですので、適切な医学的証拠を集めて後遺障害の申請をしなければなりません。
⑧ 重症時は自宅改造費の請求を検討する
高齢の被害者が交通事故で重い後遺障害を負った場合、退院後の生活に大きな支障が出ることがあります。歩行や立ち上がりが難しくなる、階段の上り下りができない、車いす生活になるといったケースでは、自宅での生活を続けるために住宅の改造が必要になることも珍しくありません。
たとえば、玄関やトイレに手すりをつける、段差をなくす、バリアフリー仕様にする、車いすでも移動しやすいよう廊下の幅を広げるなど、さまざまな改修が考えられます。また、浴室を安全に使えるように変更したり、寝室を1階に移してベッドや介護用の備品を設置したりすることもあります。こうした改造にはまとまった費用がかかりますが、事故によって必要になったものであれば、損害賠償の対象になる可能性があります。
ただし、自宅改造費を請求する場合には、必要性や内容の妥当性についてきちんと説明できることが大切です。医師の診断書や、ケアマネジャーによる介護プランの内容、福祉住環境コーディネーターなど専門家による提案書などを準備して、どのような事情でどの工事が必要になったのかを具体的に示す必要があります。
また、工事費用についても、複数の業者から見積書を取る、実際の請求書や領収書を保存しておくといった準備が重要です。加害者側や保険会社から「過剰な工事ではないか」「事故とは関係のない工事が含まれていないか」と指摘されることがあるため、工事の目的と範囲を明確にしておくことが求められます。
高齢者が安心して在宅生活を続けるためには、住まいの環境を整えることが不可欠です。にもかかわらず、自宅の改造にかかる費用が自己負担になってしまうと、生活に大きな不安が残ってしまいます。事故後に住環境の見直しが必要だと感じたら、医師や介護の専門家に相談し、必要な証拠をそろえたうえで、弁護士と一緒に損害賠償の請求を検討することをおすすめします。
⑨ 過失割合が有利になりやすい
交通事故では、加害者と被害者それぞれの責任の割合を数値で示す「過失割合」が損害賠償の金額に大きく関わります。高齢者が被害者となった事故では、この過失割合が被害者にとって有利に判断されることが多くあります。
これは、高齢者特有の身体的な特徴が関係しています。年齢を重ねると、反射神経や判断力、視力・聴力が低下するため、とっさに車やバイクを避けることが難しくなります。歩く速度も遅くなり、ふらつきやすくなる人もいます。このような事情をふまえると、加害者である運転者には、より慎重な運転が求められるのが当然です。
たとえば、高齢者が横断歩道をゆっくりと渡っていたときに車と接触した場合、たとえ信号がなかったとしても、運転者側が高齢者の存在に気づき、十分に減速または停止すべきだったと判断されることがあります。その結果、高齢者の過失割合が通常よりも軽く見積もられ、損害賠償額が増えることにつながります。
また、過失割合は過去の裁判例や事故のデータをもとに基本の数値が定められていますが、実際の事故状況に応じて「加算」「減算」が行われることがあります。高齢者であることは、まさに「減算要素」のひとつです。つまり、事故の責任を負う割合を引き下げる事情として考慮されるのです。
⑩ 解決前にお亡くなりになることを避ける
高齢者が交通事故に遭った場合、けがの回復に時間がかかるだけでなく、事故をきっかけに体調が急激に悪化してしまうことがあります。事故そのものによる外傷に加えて、長期間の入院や安静生活によって筋力が落ち、生活機能の回復が難しくなったり、生命力が衰えてしまうことも少なくありません。そうした結果、損害賠償の話がまとまる前に、被害者本人が亡くなってしまうケースがあり、特に頭部外傷や高次脳機能障害の場合に散見されます。
損害賠償の手続きは、医療機関の診断書や治療記録の取り寄せ、後遺障害の申請、相手方保険会社との交渉など、時間と手間のかかるプロセスです。ところが、高齢者の場合にはその手続きを待っている間に体力が落ち、突然体調を崩すというリスクがあります。
被害者が亡くなってしまうと、請求できる項目や金額が変わってしまうことがあります。たとえば、本来もらえるはずだった逸失利益や後遺障害慰謝料、将来介護費がもらえなかったり、少ない金額しかもらえなかったりすることあります。
また、本人が亡くなった後に損害賠償を請求する場合には、相続人が手続きを引き継ぐことになりますが、相手方との交渉の経緯や医療記録の把握などが複雑化し、解決までに時間がかかることがあります。証拠の収集が不十分なまま話が進んでしまうと、本来認められるべき補償が十分に得られない恐れもあります。
だからこそ、高齢者の事故では「なるべく早い段階で動き出す」ことがとても重要です。
事故の直後から、医師に必要な診断書を依頼し、必要な検査を行い、症状の経過を記録に残し、必要に応じて後遺障害等級の申請準備を進めるべきです。また、体調が安定しているうちに、弁護士など専門家に相談して今後の見通しや必要な対応を整理しておくことで、万一のときも家族がスムーズに対応しやすくなります。
体の回復と並行して、損害賠償の準備を着実に進めておくこと。それが、万が一のときにも適切な補償を受けられるようにするための備えになります。
まとめ:悩んだら早めに弁護士に相談
高齢者が交通事故にあった場合、けがが重くなりやすく、回復にも時間がかかる傾向があります。もともとの持病が悪化したり、介護や住環境の見直しが必要になることもあり、若い世代とは異なるリスクを抱えています。このような場合、病院の付添いや介護、保険会社とのやりとりなどご家族にかかる負担が大きくなるというのも特有の問題です。
また、体調の急変によって賠償の手続きが途中で難しくなることもあり、補償を受け損ねてしまう可能性もあります。過失割合や休業損害、逸失利益の判断でも、高齢者特有の事情を正しく伝えることが重要ですが、専門的な知識が求められる場面も多くあります。
こうした事情をふまえ、事故の早い段階で交通事故に詳しい弁護士に相談することをおすすめします。証拠の確保や後遺障害の申請、保険会社との交渉をサポートしてもらうことで、適切な補償を受ける準備が整いやすくなります。
一人で抱え込まず、まずは専門家に相談することで、ご本人やご家族の負担を減らし、適切な解決につなげましょう。

- 監修者
- よつば総合法律事務所
弁護士 粟津 正博